「義勇さまが、おかしいんです」
「やっと気付いたのかよォ」
から受けた相談に、実弥はどうでも良さげに肩を竦めた。義勇がおかしいことなど元からわかりきっていることではないかと、気に食わない男の姿を脳裏から追いやる。そもそもは何故自分を相談相手になど選んだのだろうかと思いつつ、しゅんと肩を落としたにそれ以上邪険な態度も取れなかった。
「……それで、どこがおかしいってンだよォ」
「あ、えっと……」
実弥が問いかけると、わかりやすくの表情が明るくなる。どうせ「実弥様は優しい」だとか見当違いのことを考えているのだろう。実弥が話を続けた理由は、それがだからだ。そのことには、気付くことさえできないのだろうが。
「義勇さまが、お手紙を書いていらしたんです。ご飯にお呼びしに行ったら、私の手の甲に義勇さまのお名前を書かれて」
「……はァ?」
「それだけじゃないんです、この前は急におはぎを作り始めたり、」
「…………」
「あまり人とお話ししたがらないのに、最近はいつも私より先に応対に出てしまったり……」
が指折り数えていく義勇の奇行とやらに、実弥の眉間には次第に皺が寄っていく。街に行くときもずっとぴったり後ろについてくるようになっただとか、が誰かと話していると気付けば隣や後ろにいるようになっただとか。
「義勇さま、どうしてしまわれたんでしょう」
「…………ねェ」
「えっ?」
「絶対教えてやらねェ」
「さ、実弥様?」
立ち上がってすたすたと歩き始めた実弥の後を、待ってくださいと必死にがついて来る。歩幅の差があるため引き離すことは容易だったが、ひょこひょこと雛鳥のように追いかけてくるがうろちょろと纏わり付くことのできる程度の速さで歩いていく。何が悲しくて、好いた女に気に食わない男が好意だの嫉妬だのを示していることを教えてやらなければいけないのか。が一生懸命追いかけてくることに、ささくれだった心が少しだけ癒される。背後のに意識を向けながら歩いていた実弥は、目の前に現れた人間の姿に気付くのが少し遅れてしまった。
「義勇さま」
「……あァ?」
「何をしている、」
実弥の前に立っておきながら実弥を無視してに声をかけた義勇に、実弥のこめかみにビキッと血管が浮き上がる。読めない表情の義勇などに明るい雰囲気をぱっと浮かべて駆け寄っていこうとしたの腕を、思わず掴んでいた。
「実弥様……?」
「…………」
「…………」
不思議そうに首を傾げると、を挟んで視線をかち合わせる実弥と義勇。視線を落とした義勇のそれがの腕を掴む実弥の手に向けられているのはわかっていたが、実弥は何も言わず、離せという無言の訴えも無視した。
「あ、あの……」
「…………」
「…………」
ぐいっと、おもむろに反対の腕を義勇が掴んで引く。それでも何も言わないふたりの真顔を交互に見上げて、は泣きそうな顔をしてぷるぷると震えるのだった。
190622