「灯台守」
 そう呼びかけられて振り向いたのは、「小さい方」だった。他にも「うるさい方」「燃えてる方」「泣いてる方」だとか、サバイバーからの呼び名は好き勝手である。火の点いたカンテラを片手に振り向いた少女は、白黒無常にぺこりと頭を下げた。ここではあまり見ないその仕草に、少しだけ胸の底に形容し難い感情が降り積る。
「初日だというのに、お疲れさまでした。あなたたちが館に慣れるまで、私たちが助けるようにと言われています。私たちのことは、白黒無常、と」
「白黒無常、さん……よろしくお願いします」
 再び頭を下げた少女は、服装からしても芸者と同じ国の出身だろう。それでも白黒無常が「彼ら」の世話を任されたのは、ひとえに似たようなものだからである。「私たち」という言葉にわかりやすく反応を示した少女に、白黒無常は自らの傘を示した。
「私たちの魂は、ここに宿っています。私は謝必安、『もう一人』は范無咎。灯台守、『あなた方』は?」
「わ、私はです。義勇さま……『もう一人』は、今はここに」
「なるほど、あなた方はそのカンテラですか」
 と名乗る少女は、あまり説明がうまくないようだ。けれどたどたどしいながらも一生懸命言葉を紡ぐ様子は、素直だとか健気だとか形容される類のもので好感が持てる。ゲーム内では相当騒がしく泣き喚いている彼女だが、本来は物静かで臆病な性質のようだ。とはいえ可愛らしい顔を無残に覆うケロイドを見れば、炎の燃え盛る場所で怯えから泣き叫ぶ理由も一目瞭然であった。臨死の光景を呼び出す、それが彼らなのだろう。義勇と呼ばれたもう一人は、水死体のような肌色をしていた。ならば彼の呼び出す暗闇は、彼の最期となった水底なのだろう。カンテラの灯りと共に存在を切り替える彼らは、サバイバーたちにとって初見ということもあってか今日はまずまずの成績を収めていた。
「ひとまずお茶でも淹れましょう、灯台守。あなた方は少しだけ、近しいものの匂いがする」
 同族、と呼ぶには少し違和感がある。境遇が似たようなものだとしても、それを共通点として親交を深めるようなものではない。けれど、同じ器を共有しながら同時には存在できないというもどかしさと痛みを知る者に、かける憐れみはあってもいい。少しだけ迷うようにカンテラを見たは、けれど応えなどないそれを見て寂しそうに頷く。いずれその寂寥に慣れる日も来るとは、謝必安に言えるはずもなかった。
 
190628
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