「何だアレ」
「気になるならお前が訊いてこいよ」
 ひそひそと言葉を交わす傭兵とオフェンスを後目に、范無咎と義勇は黙って茶を飲んでいた。「黒い方」「黒無常」だとか安直な呼ばれ方をする范無咎と、「静かな方」「暗い方」「大きい方」とまあ似たり寄ったりな呼び名の義勇である。とはいえ義勇とには「水死体」「焼死体」というわかりやすい違いがあるのにそう呼ばないのは、ロクでもないのが揃っていると評されるサバイバーであっても良心のようなものは残っているのだろう。どんな状況かと言われれば、単に顔を突き合わせて茶を嗜んでいるだけだ。最初は謝必安とが和やかに話していたが、段々と生前の話に移っていったあたりで雲行きが怪しくなり。それぞれに「あの時置いていかなければ」「無理にでもついて行けば」と自責による鬱で沈んでしまい、片割れを気遣った范無咎と義勇が表に出てきたという次第だった。入れ替わってから言葉こそないものの、茶は確実に減っている。水死体同士とはいえ積極的に他者と交流を深める性質ではない二人は、きっと茶がなくなったらこの場を終いにするのだろう。
「…………」
 義勇の手が、そっとカンテラに触れた。古ぼけてところどころ凹んだそのカンテラには、火が点っていない。カンテラの灯りの有無で入れ替わっているのかと、范無咎は単なる事実としてそれを捉えた。
「……水の底は暗い」
「…………」
「それでも、ずっと『そう』なら慣れる」
「……ああ」
「ここは明るい、ゲームの外では。ゲームの度に、あそこに引き摺り戻される」
「毎度毎度、お前たちは死んでいるのか」
「荘園の主とやらは、悪趣味だ」
「まったくだな」
 館では、まるで死んだ日の続きのような穏やかな日々を。ゲームでは、死の光景そのものを。鮮やかな血が吹き出し続けるよう、傷を抉れるように仮初の柔い日々で塞ぐ。骨董商からこの荘園へと招かれた自分たちがゲームに参加するのは、それでも願ってしまうただ一度の邂逅があるからだ。あの日何も伝えきれず置いていってしまった片割れに、せめて永遠の別離の言葉を。その望みだけを胸に、義勇はあの暗闇を彷徨している。も、あの火の海を。同じ日記で言葉は交わしているものの、まるで互いに互いのいない世界で同じ位置に生きているかのようだ。空になった茶器を片付けようとすれば、声をかけたのはこちらだからと范無咎が持っていく。それに淡々と礼を告げて、義勇はがたりと席を立った。
「…………」
 去り際に、オフェンスと傭兵に視線を向ける。まだいたのかと言いたげなその視線の主はしかし、何一つ言葉を彼らに向けることのないままハンター側の居室へと去っていった。
「……お茶会だったみたいだな」
「ずいぶん陰気だったけどな」
「お前に陰気って言われたくないだろ」
 ああだこうだと言いながら、ふたりは本来の目的であった茶菓子の棚に近付いていく。そこには、大皿に乗った大量のおはぎ――彼らにとっては得体の知れない物体だが――が仕舞われていて。「皆さんで召し上がってください。これからよろしくお願いします。灯台守」と添えられたメモを見てそれが食べ物だと知った彼らは、ハンターからの差し入れを食するべきか否か頭を抱えるのだった。
 
190628
BACK