東洋系の肌だから、いつもの白粉は文字通り「肌に合わない」だろう。イソップは手持ちの化粧道具を睨むように眺めて、荘園の主に要求するリストに何やら書き連ねていく。ぽやぽやと不安そうな表情で佇むに、「動かないでください」と淡々と告げた。
「あ、あの、カールさん……」
「…………」
「ありがとう、ございます……死化粧、してくださるの……」
「……死体は礼を言いません」
「は、はい……」
礼を言われる筋合いはない。単に見ていられなかったのだ。
「なんだって、油と小麦粉なんか塗っていたんです」
まさか東洋の化粧というわけでもあるまい。食用油と小麦粉を厨房から貰い受けた少女がいきなりそれを顔の火傷痕に塗り出して、その場にいたイソップは思わずの手を掴んで止めてしまったのである。納棺師としての性だろうか、気付けばイソップの手は動いていた。水道で顔を洗わせ、丁寧に油を拭い取り。仕上げをするからと、化粧道具まで広げてしまった。
「ベイカーさんが、くれたんです、処方箋の写し」
「ああ……」
かさりと音がして差し出されたのは、少し歪な文字の書かれた紙だった。そこには火傷の簡単な処置が記されている。イソップは医者ではないから、この治療法の善し悪しはわからない。けれど単純に疑問に思うことがあったから、マスクの下の口を開いた。
「治るんですか」
「……言われてみれば、治らないです、よね」
もう死んでいますから。そうぽつりと呟いたは、けれど処方箋の写しを大事そうに懐にしまう。火に呑まれた者同士の憐憫か、娘と同じ年頃の少女に哀れみを抱いたのか。動機はどうあれ、レオの気遣いをこそは嬉しく思ったのだろう。今日限りになるだろう化粧に、こんなにはしゃぐように。
「……死体のように静かにしていてくださいね」
「は、はい」
「喋らないでください」
イソップは納棺師だ。物言わぬ人の形にしか、化粧を施したことはない。それでも、手がけるのであれば完璧に。この少女の死出の旅に、最も相応しい装いに。棺に詰める花を、エンディングドレスのデザインを、脳裏に思い描いてしまう。納棺師として、久々に成すべきことを成しているような気がした。
190628