ここにいる義勇もも、今を生きる命ではない。器物に宿った魂が、理を外れて仮初の器を得ただけだ。死んだ時の姿を模したその器が、時を進めることはない。進むことも戻ることもなく、この荘園を彷徨う亡者。それでも、「痛い」という感覚は確かに残っているのだ。
「……っ、」
マップ中に、響き渡る泣き声。もはや絶叫と言っても過言ではないその泣き声に、撃った信号銃を手にしたまま幸運児はゾッと背筋を震わせた。撃たれた肩を抑えて、びゃあびゃあと泣き叫ぶ灯台守の少女。風船に括られていた呪術師は灯台守が撃たれたことで解放されていたが、幸運児と同じく泣き叫ぶ少女を目を見開いて凝視したまま動けずにいる。灯台守がぎゅうっとかき抱いたカンテラから、不意にぶわりと闇が溢れ出した。
「くっ……」
「うわッ……!?」
ごぽりと、暗闇に呑まれる。ガチンと、いつもより乱暴にカンテラの灯りを消す音が聞こえて。炎に呑まれていたマップに、水底の静寂と暗闇が溢れ返る。黒に染まった視界の中で、ずるりとカンテラに「何か」が引きずり込まれるのが朧気に見えた。そして、どろどろとした「何か」がカンテラから染み出して膨れ上がる。背を向けて駆け出すべきだとわかっていたが、「それ」から目を離せない。自分たちはゲームをしていただけだ。ルールに則って、仲間を助けただけだ。けれどそれは「彼」には関係ない。どろりと膨れ上がって形を成した腕の青ざめた肌が、暗闇の中妙に浮かんで見えた。
「…………」
青白い指が、カンテラを掴む。冷や汗が背筋を伝っているのに、逃げろと全身が訴えているのに、足が地面に貼り付いたように動かない。青白い流体が、「彼」の頭の形を成して。ぎろりと瞳が浮かび上がった次の瞬間、どさりと重い音が聞こえた。呪術師が殴られて倒れたのだと、わかっていても動けない。ゴーンゴーンと、鐘の音が重苦しく響いたのだった。
190804