撃たれた痛みは大丈夫かと、日記には短く綴られていた。荘園の主に義務付けられている日記は義勇とにとってもはや伝言板や交換日記と化していたが、それについてペナルティを課せられたことはない。中身さえ埋まっているのなら案外そこはどうでもいいのだろうかと思いつつ、は持ちにくい万年筆を握った。義勇が目を通すのだからできるだけ綺麗な字で書きたいと思うけれど、はどうにも読み書きが得意ではないのだ。とはいえそれも悪いことばかりではなく、最近は芸者やリッパーが万年筆の使い方を教えてくれる。段々と上達していく字を、義勇は「頑張っているな」と褒めてくれた。
「義勇さま、」
 ――ご心配をおかけして、申し訳ありません。ゲームから帰ってきたあと、不思議と撃たれた傷は治っていました。他のハンターの方やサバイバーの方に訊いても、そういうものなのだそうです。今日はウッズさんが庭に誘ってくれました。レズニックさんとナイエルさんも一緒に、お花を見に行くことにしたんです。お花の名前がうまく発音できなくて、綴りを教えてもらいました。「Nemophila」というお花です。青くて小さくて、可愛らしいお花でした。サバイバーの皆さんは親切です。どうしてこんなところに来ているのか、理解できないほどに。
 ゲームの間は当然のことながらお互いに譲ることなく勝ちを獲りに行くけれど、荘園に戻るとまるで普通の人間同士のように交流する。不思議だと、思う。幸運児がを撃ったのも、ゲームとして当たり前のことだ。撃たれた後のことは、よく覚えていない。はカンテラの火を消していないけれど、強引に首根っこを掴まれて引き摺り戻されたような感覚があって。気付けば、ゲームは終わっていた。あの後一度もに替わらないまま、義勇は残りのサバイバーを荘園に送り返したらしかった。先にに飛ばされてゲームを観ていたカウボーイは、「醜く怒る姿を、愛する人には見せたくないものだよ」と教えてくれたけれど。義勇がのために、怒ってくれたということなのだろうか。そう思うとどうしてか、心の奥がむずむずとする。義勇の背中に抱き着きたいと、到底叶わぬ願いを抱いた。一輪摘んできた青い花を、調香師に教わった方法で「押し花」にしようと辞典に挟む。栞にしたら義勇にあげたいと思えば、どうしてか急に胸が苦しくなって。義勇の温もりの残滓を探すように、日記を胸に抱え込んでぎゅっと縋ったのだった。
 
190805
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