の耳が、聞こえなくなった。その報せを聞いて僅かでも安堵を抱いてしまった自分は、最低なのだろう。
「鬼の血が抜ければ、また耳は聴こえるようになります。血が抜けるまでは任務に行かない方がいいでしょうね」
 しのぶに言われた言葉を思い返しながら、の手を引く。耳が聞こえないのなら、何かと不便だろう。生活に支障もあるかもしれない。何より、危険に鈍くなる。だから義勇はいつもは繋がない手を繋いでいるのだ。それだけのはずなのに、どうして重なる掌が温かいと思うのか。聴覚を封じられているという危機的な状況にも関わらず、心做しか嬉しそうにさえしているを叱る気になれないのか。今この繋いだ手の他に頼るものを持たないは、義勇が手放してはならないものだ。そう、きっとそれだけだ。それだけの、はずだった。
「……戦えないのなら、それでもいい」
 ぼそりと呟いた言葉は、には当然聞こえない。それでも義勇が何か言ったことを察したらしく、もう片方の手で義勇の裾をちょんと摘んでが首を傾げる。立ち止まって暫しを見下ろした義勇は、繋いでいた手をとってその手のひらに指先を当てた。
「…………」
 先程の言葉を伝えるつもりは、毛頭ない。が言葉を拾ったことすら、予想外だったのだ。ただそれでも、に伝えられることはあったはずで。手のひらに文字を書こうと当てた指は、動けずにいる。結局何も書かないまま指先を離した義勇は、その指でぴしっとの額を弾いた。驚くと手を繋ぎ直して、また歩き出す。理不尽な義勇の行動にも文句ひとつ言わずついてくるが、不憫で。ぽそりと不安定な音を小さく紡いだの言葉は、怖くて聞き返せなかった。
 
190808
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