【村田「苦手」】
「さんのこと、苦手なんですか?」
「わっ、馬鹿、声が大きい!」
オウム返しに尋ねた炭治郎に、村田は大袈裟に手を振りながら辺りを見渡す。「冨岡とか風柱とかに聞かれたらどうすんだよ」と冷や汗をかいた村田に、炭治郎は別段どうもしないだろうとは思いつつも頷いた。に関しては極端に心の狭い二人のことだから、苦手なら恋敵にはなりえないという解釈をしてむしろ敵意を引っ込めるはずである。それにしてもが苦手に思われるのは珍しいと、炭治郎は首を傾げる。大体の隊士からは義勇より取っ付きやすいという理由で親しまれていたと思ったが、そういえば村田は義勇の同期である。義勇という比較対象への忌避感が無い分、への見方も変わってくるのかもしれなかった。
「あの子、表情動かないだろ」
「はい、まぁ……」
「気付いたらじっとこっち見てるし、何だか人形みたいなんだよな……」
家にあった雛人形を思い出す、と村田は少し青ざめる。確かに、人形を怖いと思う類の人間にとっては常のの無表情と大きな瞳は少し怖いかもしれない。座敷童子に似てるかもしれないなあと、炭治郎はの表情筋の乏しい顔を思い浮かべたのだった。
【しのぶ「可愛い」】
「可愛らしいと思っていますよ」
治療の間の雑談に、炭治郎が尋ねたへの印象。さして間を置くこともなく、しのぶはにこりと笑って答えた。
「冨岡さんに一途で、健気でしょう。それに、子どものように好奇心旺盛で教えたこと全てに顔を輝かせてくれますから、教えがいがあるというのもありますね」
「さん、知らないことを知るのが楽しそうですもんね」
「ええ……少しばかり知らなさすぎるのは、冨岡さんの教育方針が悪いのでしょうけれど」
「あはは……」
「アオイもカナヲも、さんにはよく構っているでしょう。何だか放っておけないところがあるんです」
「あ、それはわかります。目を離しちゃいけないようなところが、」
和気藹々と、しのぶと炭治郎はのことで楽しげに言葉を交わす。さながら、親戚の子どもについて語るような雰囲気であった。
【伊之助「殴らないで欲しい」】
「殴らないでほしい」
「あれは伊之助が悪……いや悪くないのか?」
伊之助がに箒で叩かれたのは、元はと言えばを驚かせたからである。普段物静かで臆病な姉弟子の変貌には冷や汗を流したものだが、伊之助にとってもなかなか衝撃的な出来事として頭に残っているようだった。確かにはで半ば暴走状態だったとはいえ、やりすぎだった気もする。
「俺が怪我すると、あいつが呼ばれるんだよ……」
珍しく憔悴したように項垂れる伊之助によると、療養中でも大人しく寝ていない伊之助を抑えるためにアオイたちがを呼んでくるようになったらしい。さすがに箒で叩かれるようなことはないものの、を前にして思わず強ばったところを寝台に押し戻されるのだそうだ。ある時は、「義勇さまから借りてきました」と縄を用意してきたこともあるのだとか。表情が変わらないわりに烈しいところのある兄弟子と姉弟子を思い浮かべて、炭治郎は苦笑いを浮かべたのだった。
【冨岡「結婚したい」】
「結婚したい」
のことをどう思っているかと尋ねた炭治郎の問いに、義勇はさらりと答えた。その視線は、庭で義勇の羽織を干しているに向けられている。に出された少し苦いお茶と歪な切り口の羊羹を口にしていた炭治郎は、義勇のあっさりとした返答に固まった。まさか義勇の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
「結婚……ですか……」
「ああ」
「す、少し意外です……悪い意味じゃなくて、ええと、義勇さんがそういうことを言うのが」
「そうだろうな」
淡々とした様子で茶を口にする義勇とは対照的に、なぜか炭治郎の方が気恥しい様子で俯いてしまう。羊羹をつついた義勇はそれっきり黙ってしまうかと思われたが、その予想に反してぽつりと呟くように言った。
「一緒にいたい、幸せにしたい……に抱いている感情は数えきれないが、」
簡潔に纏めるとそうなると、義勇は残りの茶を飲み干す。それは省略しないで全部に伝えてあげた方がいいのではないかと思いつつ、けれどその結論が「結婚したい」ならあながち間違いでもないのかと炭治郎は羊羹を口に運びながら思う。そういう意味では確かに義勇らしい言葉かもしれないと、ほわりとした笑みを浮かべたのだった。
【錆兎「妹に欲しい」】
「そうだな、妹に欲しい」
稽古の休憩に世間話として振ってみれば、汗を拭きながら錆兎は答えた。竹皮に包まれた握り飯を荷物から出して、炭治郎にも勧める。それをありがたく受け取り、炭治郎は「妹ですか」と頷いた。
「兄弟弟子だから、お前たちもも弟妹のようなものと言えなくはないが」
義勇と錆兎とは三人で同じ屋敷に暮らしているし、今二人が齧っている握り飯もが作ったものだ。もう既に家族だと、お互いに思っているだろう。ならば今のままでも良いのではないかとも錆兎は思ったらしいが、それだけではいけないらしい。
「は兄と呼んでくれない」
「は、はあ」
「『畏れ多いです』と土下座された」
確かには、義勇のことも錆兎のことも「義勇さま」「錆兎さま」と呼んでいる。家族として暮らしてから師弟となった鱗滝とは違い、二人との関係は柱と新人隊士という身分差から始まった。親しみよりも、畏敬が先に立っているのだろう。
「でも、さっきさんが物陰で『錆兎兄さん』『義勇兄さん』って呼ぶ練習しているのを見ましたよ」
「……本当か」
「はい、義勇さんに見つかって真っ赤な顔で走っていっちゃいましたけど」
「捕まっていたか」
「捕まっていましたね」
それを聞いた錆兎が、てきぱきと周りを片付け出す。「抜け駆けされた」「義勇というやつは、俺に知らせもしないで」と呟いて、炭治郎にすぐ戻ると伝えて地を蹴った。
「……さん、がんばってください」
ぽつんと残された炭治郎は、これから錆兎に「兄と呼んでくれ」と迫られるであろうのことを思って合掌する。今日はきっと兄弟子ふたりが赤飯を炊くのだろうなと、微笑ましく思ったのだった。
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