は困っていた。義勇の機嫌が、今まで見たこともないくらいに悪いからである。不機嫌なのに、を抱きかかえて離さない。密着した状態から少しでも隙間を空けようものなら、絞め殺すような勢いで距離を詰められる。おそるおそる話しかけても返答はなく、ただじっと見下ろされて。苦しいのも動けないのも義勇によるものならば構わなかったが、何かしでかしてしまったのであれば謝りたいのだ。思い当たることがなく、理由もわかっていないのにただ謝るという不誠実なことを義勇にしたくない。八方塞がりの状況に困り果てているの背中を、義勇の指がなぞる。そこには、以前義勇が傷を焼いて塞いだ痕があった。服の上からなのに、正確に傷跡をなぞられて肌が粟立つ。戸惑いながらもなされるがままにしていると、義勇はおもむろに服の下に手を突っ込んで腹をなぞった。
「っ、」
「……この傷は、」
縫合されて間もない傷に触れられて、ぴくりと身を跳ねさせたに義勇は淡々と問うた。
「誰が縫った」
静かな声は、それでも恐ろしいほどの威圧を含んでいた。喉が締め付けられるような畏怖を感じながらも、ごくりと唾を飲み込んで口を開く。
「さ、実弥様に、」
「知っている」
からからに乾いた声で絞り出した言葉に、義勇はさらりと頷いた。ますます困惑を深めるの、まだ塞がりきらない傷を義勇は指先でゆっくりとなぞる。の腹にそっと手のひらを押し当てた義勇は、傷を縫い合わせている糸を爪の先でぐり、と押す。苛立ちさえ感じさせるその動きは、力任せに糸を引き抜かれるのではないかという危惧さえ抱かせた。
「不死川が、縫ったんだな」
縫合に慣れた痕だ。あんなに傷痕の多い男のことだから塞がれば構わない雑な処置かと思えば、痕が少しでも残りにくいようにと丁寧に縫合がなされている。筋肉のつきにくいの、鍛えても柔らかさを残した腹。爪を立てればぷつりと切れてしまいそうな薄い肌に、針を刺して。ひと針ひと針、手早くも大雑把にならないようにと。あまり日に焼けていないこの白い薄皮に、義勇以外の手が触れたと思うと。
「…………」
ぎり、と歯を食いしばった義勇に、がびくりと怯えた様子を見せる。今度は脇腹の抉れた傷痕へと指を滑らせた義勇は、そこを指先でぐりぐりと押した。苛立ちや嫉妬の矛先を求めるように、引き攣れた肌を指の腹で押し撫でる。傷を縫い直せば気が済むのか、焼けば気持ちが収まるのか。そうではないと自覚しているから、無為にを傷付けることなどできない。できないけれど、しばらくの傷から手を離せそうにはなかった。
190904