困ったなあ、と童磨は鈍色の空を見上げる。とはいえ、本当に困りきって弱っているわけでもない。人間らしい思考を真似てみるのは、もはや染みついた習性のようなものだった。雨に振り込められて、適当な軒先を借りてしばらく経った。濡れるのは避けたいが、傘もないことだし諦めて濡れて帰るしかあるまい。けれど、とんとんと腕を叩かれて童磨は空から視線を戻した。
「童磨」
「……ちゃん。迎えに来てくれたの?」
「傘、持ってないと思ったから……」
「ありがとう、ちゃん」
ん、と傘を童磨に押し付けたは、自分の傘を差してすたすたと歩き出す。「せっかくだから、相合傘して帰ろうよ」と言った童磨に、はちらりと視線を向けて止まることなく進んでいく。冷蔵庫に残っていたのはベーコンだったかハムだったか、そんな表情だった。
「だめ?」
「童磨、近付くと面倒くさい、から、いやだ」
「えー、ちゃんだって撫でられるの嬉しそうなのに」
「…………」
そこは否定しないのか、と童磨はの素直さに目元を緩める。童磨が拾って育てている女の子は、童磨を警戒しているし存外雑な扱いをしてくるし、公衆の面前で抱き着いたりするとみぞおちを容赦なく殴ったりするけれど、それらも含めて優しくて可愛らしいところばかりだ。家に帰ってふたりきりなら、大人しく可愛がられてくれることを知っている。
「じゃあ、手を繋いで帰ろうよ」
「濡れるからいやだ」
鬱陶しく話しかけながら、家までの道を歩く。どうでもよさそうに空を見上げているより、はるかに楽しかった。
190918