「ぎゆうさま……」
「テメェの心配しろよォ」
 自分が小さくなっても結局こうなのである。決して近付かずに物陰からこちらを窺う義勇をしょんぼりと眺めながら寂しそうに呟いたを見下ろして、実弥はケッと吐き捨てるように言った。落ち込む小さなを見ていられなくて、「やるよ」とおはぎを突き付けるように差し出す。おろおろと困ったように実弥を見上げるの口元におはぎを押し付けて、半ば無理やり捩じ込むように食べさせた。
「むぅ、」
「ガキが遠慮なんざしてんじゃねェよ」
 義勇が小さくなったときなど、にべったり引っ付いては駄々をこねて離れずにいただろうに。どうにもこの妙な血鬼術は、体格を子どものそれに縮めるというよりもその人物の幼い頃の姿に戻すものらしい。幼い頃は髪が長かったのかと思いつつその結紐に触れると、物陰の義勇の目が途端に険しくなる。そんな目をするくらいなら今すぐを抱き上げてでも守ればいいものを、と突き刺さる視線を無視して実弥はの少し乱れていた髪を結い直してやった。
「ありがとうございます、さねみさま」
「……どうせテメェじゃ直せねえだろ」
「はい……かみをのばしたこともなくて」
 それなら記憶を失くす前はきっと、髪を結ってくれる家族がいたのだろう。今のの姿は、が失くした過去の一部だ。それにつられて記憶が戻るようなことはないようで、けれど自身はそれを気にした様子も無い。落ち着かなさそうに髪に触れることはあれど、はさっきからずっと不審な義勇のことばかり気にしていた。
「あいつは何してんだァ?」
「し、しんぱいしてくださってるのかと、」
「こっちに来ればいいだろうがよォ」
 もっとも、実弥は義勇と並んでを見守るなど御免蒙る話ではあるが。が鬼の血を被ったのは、同じ任務に出ていた実弥の失態でもある。しのぶいわく「時間経過で治るようですし、様子を見ましょう」と子守りを言い渡された実弥が責任をもってを見ているから、義勇の出る幕などない。普段の義勇との様子を見ていれば、義勇に子どもの世話などできないことは誰にだってわかるのだ。慣れた手つきでの口元の餡子を拭ってやっていると、物言いたげな視線が突き刺さる。で不審者然とした義勇のことばかり気にしているものだから、少し面白くない気持ちだった。
「気になるんなら行きゃあいいだろォ」
「……ぎゆうさま、ちかくにいたくないのかな、って……」
 は、いつだって義勇のことばかりだ。肝心なときこそ強情になるものの、普段は義勇第一主義が過ぎる。物陰の義勇をじっと見ていたは、おもむろに自分の日輪刀を手に取る。今のには大きすぎるそれを手にして何がしたいのかと思えば、は自分の髪を掴んで刀をぐっと押し当てようとしていた。
「!?」
「何してんだ馬鹿野郎ォ!!」
 物陰から飛び出してきた義勇と、慌てての両手首を掴んで止めた実弥。ふたりの男の心臓をバクバクと鳴らしておいて、はぼんやりとした顔のまま事もなく言った。
「ぎゆうさま、かみがながいのがいやなのかとおもったので……」
 色々と言いたいことはあるが、実弥は万感を込めての頭に手刀を落とす。義勇はの刀を鞘にしまって没収していた。やることが極端なのは絶対に義勇の影響だと実弥はこめかみに血管を浮き立たせる。義勇は実際、昔助けられたはずの幼いの姿を直視できず遠巻きに見守っていたのだがそれを実弥たちが知る由もなく。結局夕方にの姿が戻るまで、義勇と実弥はを挟んでおはぎを黙々と食べることになっていたのだった。
 
190925
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