「あいつは風車を捨てたかよォ?」
実弥の問いに、義勇は訝しげに眉を寄せた。
「お前からもらったものなんだろう。どうして捨てる」
「……自分を殴った男からもらったもんなんざ、持っておきたかねェだろ」
「お前はをそういう人間だと思うのか」
以前実弥がにくれたという赤い風車を、はそれは嬉しそうな顔をして義勇に見せに来た。文机に大切に仕舞って、稽古の合間に縁側でくるくると回して楽しそうに眺めていたのを目にしたものだ。不死川実弥という人間は、にとってただ危害を加えてくるだけの人間ではない。は縁の合った者を、行き違いによる諍い程度で粗雑に扱いはしない。もしがその程度の人間だと本気で思っているのならば、義勇は実弥に怒りを向けなければならないだろう。
「テメェは良いのかよォ」
「何がだ」
「チャンはテメェの『大事な継子』だろうが」
てっきりこの稽古でも「を殴った分」だとか言って問答無用に怒りをぶつけられると思っていたのだ。それなのに義勇は、のことについては一言も触れないまま稽古を始めようとしていた。普段あれだけ過保護にしておきながらそれでいいのかと、お門違いにも責めてしまいそうになる。
「殴りたいとは思っている」
当たり前のことを訊くなとでも言いたげな表情で、義勇はとんとんと刀の柄を叩いた。
「殴ってが笑うなら、そうするが」
「……俺もテメェも、をそんなヤツだとは思ってねェだろォ」
「なら、わかっていることを訊くな」
ああ、苛々する。結局の一番の理解者は義勇で、実弥はの一番にもなれないのに嫌われることすらできない。いっそ嫌われるだけ嫌われてしまった方が、楽なような気もした。
「……テメェは、に痣が出ると思うか」
「出ない」
きっぱりと、義勇は言った。それはまるで、『痣の者にはさせない』と言っているかのようでもあった。
「…………」
水面に映る、自分の痣。風の呼吸の使い手として考えれば何もおかしな意匠ではないが、義勇とあの話をした後に痣の形を見ると妙に胸がざわめいた。はきっと、この痣を目にしたら特別な感慨を抱いてくれるのたろう。実弥のそれと、全く同じに重なりはしなくとも。もし、こんなものに縁を感じることが許されるのなら。こんなことに笑ってもいいのなら。それはきっと、長らく自分に許していなかった「幸せ」になるような気がした。
190930