「こいつ本当に鬼かよォ」
「……言いたいことはそれだけか」
 おろろろと吐いているの背を擦ってやりながら、義勇は実弥に剣呑な視線を向ける。稀血の中でも稀少な実弥の血は、鬼を酩酊させるほどのものであるらしい。そんなものを鼻先に突きつけられれば、の具合が悪くなるのも当然というところで。は普通の鬼とは取り込めるものがまるで違っているのだ。には藤の毒も効かない。毒への耐性があるわけではなく、人間が藤を多量に摂取すれば体調を崩すのと変わりない体質で、普通の鬼のように藤の毒が特別効くわけではないというだけだ。嗜好の問題ではなく人間の血肉そのものが受け付けないのか、と義勇はの口を水でゆすいでやる。そんな体質なら、稀血など劇物と変わりないだろう。禰豆子の前で腕を切ったときのように、が人を襲う鬼だと立証したかったのだろうか。実弥にも予想外であった展開だろうが、に危害を加えられたという事実に変わりはなかった。
のことが気に入らないなら、要らぬ手を出すな」
「柱がずいぶんと鬼に入れ込んでやがるなァ」
「お前こそ、ただ嫌がらせをするためだけにに構うのか」
 ピリピリと、険悪な雰囲気が漂う。けれど、嘔吐が少し落ち着いたらしいが義勇の袖を引いて。
「ぎゆ、」
 へにゃりと、青ざめた顔で精一杯の笑顔を浮かべる。ぐ、と眉を寄せた義勇に、はたどたどしい言葉を重ねた。
「ぎゆー、だいじょうぶ、」
 にこにこと、純粋無垢な笑顔を浮かべて。よろりと立ち上がって、ぽてぽてと実弥に歩み寄っていく。仕返しでもするのかと身構えた実弥に、ぽすりとは抱き着いた。
「さねみ」
「……ッ、」
 咄嗟にを突き飛ばしたそうに動いた手に、義勇はぴくりと反応する。けれどそれを抑えた実弥は、ゆっくりとを押し退けた。心底信じられないものを見るような目で、を見下ろす。
「……化け物」
「不死川、」
 さすがに看過できない暴言に、義勇はを庇うように前に出た。けれど、実弥の顔色はどことなく青ざめていて。訝しげに目を眇めた義勇に舌打ちをして、実弥は姿を消した。
「……っ、」
 大丈夫かとを見下ろした義勇は、その笑顔を見て声を詰まらせる。悪意を、害意をもって接した相手に、こんなふうに一切の敵意のない、無邪気な笑顔を向けられたら。自分の存在全てを肯定し祝福するかのような、嬉しそうな眼差しを向けられたら。掛け値なしに「そんな生き物はおかしい」と、誰だって思うのだろう。は破綻している。その笑顔は、義勇に関わる全てを肯定する。この子どもはおかしい。けれどその破綻は、義勇のせいなのだ。をかつて見捨てた自分が、こんな生き物になったを恐れることなど許されるはずがない。はいつだって義勇を許している。許し続けている。
「ぎゆー、あんしん」
 差し出された手を、義勇はそっと握り締める。守らなければならないと、思った。人にも戻れず、鬼にもなり切れず、誰にも守られない生き物。誰もこんな生き物を守ってやらない。義勇の他に、誰もを守らない。守らなければならないのだ。義勇は今度こそ、を見捨ててはならない。この綺麗な生き物ひとつ守れずして、何も守れなかった義勇が生きている意味などない。義勇に守られなければ生きていけない子どもに、生きる意味を与えられている。義勇はの笑顔が怖い。怖くて怖くて、そして大切でたまらなかった。
 
191011
BACK