「…………」
「…………」
 じーっと、互いに無言のまま見つめ合っている鬼がふたり。いつでも止めに入れる位置を保ったまま、ふたりの保護者はハラハラと見守っていた。片や、人を守り鬼を倒す鬼。片や、人を喰わず鬼を喰らう鬼。事前によく言い聞かせ口枷もさせているが、それぞれの性質故に殺し合いになる可能性もなくはない。禰豆子とを見守りながら、炭治郎と義勇は落ち着かなさげにしていた。
「む」
「ふが、」
 口枷にくぐもった声で、何やらと禰豆子が言葉(?)を交わす。ふんふんと頷き合ったり、よしよしと撫で合ったり。その雰囲気は決して険悪なものではなく、保護者ふたりはほっと胸を撫で下ろす。特異な鬼同士、何か影響を与え合うことができるかもしれないということで面通しをしたが、ひとまず想定していたうちの最悪の事態は避けられたようだった。ふがふがと立ち上がった女児ふたりが、きゃっきゃとじゃれ合って遊び出す。互いをくすぐったり、追いかけ合ったり。仲の良さそうな様子に安心した義勇と炭治郎が見守る中、ひとしきり遊び倒したと禰豆子はそれぞれコロンと転がって発条が切れたように動かなくなった。すぐに聞こえてきたスヤスヤとした寝息に、遊び疲れて寝たのだと悟る。本当に幼い子どものようだと、炭治郎も義勇もそれぞれに眉を下げて笑みを浮かべた。可笑しな体勢で床に突っ伏しているを抱き上げた義勇は、その満足気な寝顔に胸が温かい気持ちで満たされるのを感じて目を細める。いくら鬼とはいえ、は幼い子どもで。日頃から血なまぐさいところを連れ回してばかりで気が滅入っているのではないかと案じていたのだ。禰豆子には血の繋がった兄である炭治郎がいるが、にとって義勇はそのような安息の場所で在れた自信がない。義勇とは、殺す者と殺される者として再会した。初めの邂逅をは覚えていないだろうが、それもろくなものではない。は自らの父に殺される瀬戸際で、義勇は結局を救えてはいなかったのだから。けれど、どうしてかは義勇を慕う。ただ逃げ出した先で出会っただけの義勇の言うことを聞いて、眩いまでの好意を向ける。それが何に拠るものなのか、義勇にはわからない。
「……
 という名前すら、義勇はあの××という女性に聞くまで知らなかった。に義勇を慕う理由などあるのだろうか。たすけて、そうは言った。義勇がに向けた刀を見て命乞いをしたのではない、××をたすけて、そうは言ったのだ。その女性の命すら、義勇は救えなかったのに。
ちゃんは、義勇さんのことが大好きなんですね」
「……何?」
「だって、ほら、すごく幸せそうな寝顔してます」
 炭治郎に言われて腕の中のを見下ろせば、なるほどそこには緩みきった寝顔がある。これを『幸せそう』と呼ぶのかと、少し不思議にさえ思えた。
「……ちゃんには、人を食べる理由はありません。けど、人を守る理由もありません」
「ああ……」
「きっとちゃんは、義勇さんのことが好きだから人を守るんでしょうね」
 炭治郎に、何も言葉を返せなかった。他人から見てもわかるほど、は義勇を慕っている。けれどやはり、義勇にはその理由がわからないのだ。この綺麗な生き物に好意を向けられるだけの価値が自分にあるとは、到底思えなくて。戸惑う匂いを嗅ぎ取ったのだろう、炭治郎は優しい顔をして言葉を重ねた。
「ただ、そこにいてくれただけで……助けてほしいと思ったときに、そこにいてくれただけで……それだけで、どうしようもなく救われた気持ちになることがあるんです。きっと、ちゃんも」
 ――たすけて、
――××をたすけて。
 泣きながら、溢れ出た内臓を必死に押さえていた。もう助からないと、解ってしまっていたのだろう。それでも、助けてと泣かずにはいられなかった。大切な人が死んでしまうときに何もできなくて、ひとりぼっちで。手の施しようがなくとも、手を伸ばしてくれる誰かが欲しかった。義勇が駆けつけたとき、あの女性は微笑んだ。自分が死んだら、この子は。ただそれだけが気がかりであった女性は、義勇の姿を見て安堵した。だからは安心したのだ。義勇の存在が、もう助からないあの人を救ったのだと知ったから。
「……安心」
 がよく義勇を指して口にする言葉を、口の中で転がしてみる。何かとても尊いものを贈られたような、そんな気持ちだった。
 
191125
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