「……義勇さま?」
途方に暮れたような表情での両肩を掴んだ義勇に、はこてんと首を傾げた。義勇が困っているとも何だか困ってしまうし、義勇が悲しいとも悲しい。自分などが義勇の助けになれるかはわからないが、義勇のためなら何でもしたいとは思うのだ。そんな気持ちで見上げた義勇は、思いもよらない言葉を口にした。
「俺は、お前のために何ができる……?」
「えあっ」
間抜けな声が出てしまったのは許してほしかった。けれど、そんなことなど気にしたふうもなく義勇は訥々と語る。恋仲、と言ってもいいであろう関係になってから、義勇はに何もしてやっていない気がすると。一緒に出かけるといえばほとんど食堂か蝶屋敷か買い出しか、もしくは任務で色めいた雰囲気になどなるはずもなく。装飾品の類はあまり贈りすぎても使う機会もないためを困らせてしまう。かといって家事をしようとすれば義勇の多忙さを知っているに「義勇さまは休んでいてください」と止められる。柱と継子のときから、何一つ変わっていない気がするのだ。肌を重ねるようになってからは可能な限り寝所を共にするし、日常の中でもそういった接触が増えてはいるのだが。そういう行為ばかり求めるというのも、まるで色狂いのようで違う気がする。任務や稽古の時間にそういった関係を持ち込むことなどしないが、鬼狩りとしては義勇はに相当な無理を強いている。今日もを散々に叩きのめしたばかりで、頬は腫れているし腕や脚には青痣ができていた。師弟の関係でもあるが故に仕方の無いことと言えばそこまでだが、恋人にしたことの大半が容赦なく殴る蹴るの暴行だというのもあまりに悲しくはないだろうか。自分がにしてやれることはそんなことばかりなのだろうかと思えば、あまりに不甲斐ない。そのように悩みを打ち明けた義勇に、はぽかんと口を開けたまま思わず頬を押さえた。
「不甲斐ない、だなんて……」
そんなこと、思うはずもない。自分たちは鬼殺の剣士なのだ。柱である義勇がどれほど忙しく危険な毎日を送っているか、は知っている。そんな中でもを気にかけてくれて、特別な仲でいることを許してくれている。それがどれほど贅沢で幸せなことなのか、わからないではない。は十分すぎるほどに義勇に与えられて生きている。形のあるものも、ないものも、全て義勇に与えられた。与えられたことに感謝をいくらしても足りないくらいで、不満などあるはずもない。そう言い募っても、義勇はどこか浮かない顔のままで。
「お前はそう言ってくれるが……」
確かに、望むことにはきりがない。ただほんの少しでも共に過ごせたらと思っていたのに、一緒にいられる時間がもっと続けばいいと願ってしまう。隣にいられればいいと思っていたはずなのに、その温もりに触れたいと思ってしまう。心安らかに過ごしてくれればいいと祈っていたはずなのに、義勇の笑顔を作るのは自分でありたいと思ってしまう。願いを叶えても叶えても尽きぬばかりか、欲深くなっていく一方で。それでも、義勇と今こうしていられることの尊さを思えば餓えるような欲などすうっと溶けてしまうのだ。今だって、のために何かしたいと言ってくれた義勇の言葉に満たされた。じんわりとした暖かいものが、胸の奥からほっこりと広がっていく。
「義勇さま、わたし幸せなんです、本当に」
大好きなひとが自分のために何かしてくれようとする気持ちが、幸せでないわけがない。だって今、義勇の頭の中はのことでいっぱいだ。願わくはもう少しだけ、自分のことを考えていてほしい。義勇の中に、自分の存在を許していてほしい。これはきっと強欲だ。恐ろしいまでの強欲だ。何か適当に義勇の気持ちを満たせるような他愛のない我儘だって言えるのに、もう少しだけ悩んでいてほしいと思ってしまうのだから。とても狡いことをしていると、自己嫌悪にも似た気持ちが浮かぶ。それでもやはり、こんなふうに過ごす時間はどうしようもなく幸せなのだった。
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