「その……さんは何をしてるんですか?」
「自己主張をしています」
「じ、自己主張ですか」
 ぷりぷりと頬を膨らませ、義勇の束ねられた髪を三つ編みにする。無表情でそれを甘受する義勇。姉弟子と兄弟子の全く意味のわからない行動に戸惑う炭治郎はに問うてみるものの、返ってきた答えにますます困惑するばかりで。何やらは怒っているらしいのに、義勇の髪を梳く手つきは恐ろしく丁寧だ。そも、義勇をこの世の何よりも大切にしている彼女が義勇の髪の一本たりとも粗雑に扱うわけがないとは知っているのだが。
「しのぶ様や実弥さまに言われたんです。義勇さまにはきちんと自己主張をしないと伝わらないと」
「それはそうですけど」
「私は義勇さまに怒っているので、怒っていますと伝えているところです」
「怒って三つ編みを……?」
「『痛い目を見ないとわからない』とも言われましたけど、義勇さまに手を上げるなんてできないので……」
 なりに精一杯の『痛い目を見せる』が、この謎の三つ編みらしい。わかったような、やはりわからないような。どこかバツの悪そうな顔をした義勇が黙って反論もせずにいるあたり、何やら怒られる心当たりはあるらしい。いったい義勇は何をしたのかと思い尋ねれば、は義勇の髪を丁寧に解いて今度は女学生のような髪型に編み込みながらぷりぷりと答えた。
「裁縫用の鋏で髪を切ろうとしたんです。あんなにやめてくださいとお願いしていたのに、『髪なんてどうでもいい』なんておっしゃって」
 どうでもいいならどのような髪型にされたって構わないだろうと、は義勇の髪を弄り倒しているようだった。思う存分可愛らしい髪型にされた義勇は、さすがに自分の発言を反省しているようで。鏡に映る自分の姿を見るたびに顔を顰めつつも、に抵抗はせずにいる。がいつも義勇の身なりを気にしていることは知っているだろうに、どうして義勇はそんなことをしたのだろう。それを炭治郎に問われた義勇は、叱られた子どものように目を逸らしながら口を開いた。
が、最近他人の話ばかりするから……叱られるのでもいいから、構われたかった」
「……え、」
 淀みなく動いていたの手が、ピタリと止まる。それこそ子どものような言い分が意外だったのだろう、はぽかんと虚を突かれたような顔をして固まってしまっていた。言われてみれば義勇は、可笑しな髪型にされながらもに触れられることが嬉しいのか頬を染めるなどしていて。普段口数の少ないが、義勇のためにぷりぷりと怒って説教をすることすら楽しいのだろう。義勇の言葉をようやく噛み砕いたの頬が真っ赤に染まるのを見て、炭治郎は生温い笑みを浮かべた。つまるところ、これは痴話喧嘩だ。犬も食わない類の。
「……俺は出直しますね!」
 姉弟子と兄弟子の睦み合いを邪魔して馬に蹴られるのは御免蒙る。妙ににこにことした笑みを浮かべて去っていこうとした炭治郎に、縋るようなの視線が向けられたけれど。この後はきっと、に甘えたい義勇の『自己主張』が始まるだろうから。野暮なことなどできないと、それはそれは良い笑顔で炭治郎は水柱の屋敷を後にしたのだった。
 
191126
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