親愛なる灯台守様、そう宛名の書かれた包みを受け取ったは首を傾げた。小夜啼鳥の彼女が恭しく差し出したその包みは、新しい携帯品なのだという。異国の言葉はまだうまく意味を汲み取れないが、添えられたカードには「郷愁」「懐かしい」「思い出」を意味する単語が綴られていて。
「……?」
 携帯品そのものは、綺麗な簪だった。薄紫の小さな硝子が幾枚も重なって藤の花を模した、精緻で美しい髪飾り。男の義勇が身につけるとは思えないから、カードの言葉の通りならに縁のある品のはず、なのだけれど。しゃらしゃらと涼やかな音を立てて揺れる色硝子の藤はとても綺麗だけれど、の記憶には無いものだ。花弁の一枚一枚が涙の雫の形で、ほっそりと金色の縁取りがなされている。矯めつ眇めつ眺めてみても思い出せるものはなく、ただただ綺麗だと思う。
(そういえば、)
 いつか藤を見せてやりたいと、義勇は言っていた。藤色がよく似合うという義勇の言葉に首を傾げたは、藤の花を見たことがなくて。潮風の強い海辺の村だったから、藤は無かった。灯台守という仕事柄、村の外に出ることもほとんどなくて。義勇の姉の形見の着物に、藤の柄のものがあった。咲き誇るそれは本当に綺麗なのだと、着物に描かれた藤を指して語ってくれたのを覚えている。いつか見に行こうという口約束は果たされないまま、死んでしまった。
「懐かしい、」
 果たすことはできなかったけれど、大切な約束だ。遠い、遠い海の果てで、思い出に巡り会う。愛おしさにそっと、目を閉じてカンテラの灯りを消した。
 
200110
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