「あ、不死川先生……」
 あけましておめでとうございます、と行儀よく頭を下げる。けれど実弥は、それに生返事だけしてぽかんとを見つめてしまった。
「……先生?」
 固まったまま動かない実弥に、こてんとが首を傾げる。が吐いた息の白さが、やたらと目についた。同じくらい真っ白な頭に、寒そうだ、というどこか間の抜けた感想が浮かぶ。実際そんな格好では寒いだろう。巫女服、などという姿では。
「こんなとこで何してやがる」
 反射的に、自分のマフラーを外してぐるぐるとの首に巻き付ける。「わっ」と驚いた声は無視をした。濃いグレーのマフラーが、ほっそりとして寒そうな首筋を隠す。何をしているのか、などとは愚問だろう。実弥は神社に初詣に来ていて、そこでは白い着物に赤い袴の巫女姿で。
「町内会で頼まれたんです、巫女さんのお手伝い」
「外に出んなら、上に何か着ろ」
「そんなに、寒くないと思って……でも、ありがとうございます」
 実弥のマフラーに埋もれるように、がはにかんだ笑みを浮かべる。ダウンジャケットを脱いで羽織らせようとすると、慌てたに青い顔で拒否をされた。
「す、すぐ、戻りますから……! 先生が、風邪を引いてしまいます」
「俺はテメェみてぇにヤワじゃねえんだよォ」
 義勇の上着なら受け取っていただろうか、と一瞬でも考えてしまったことが悔しくて、実弥は思わず舌打ちをする。新年から気に食わない男の顔など思い浮かべてしまった。それも、個人的に気にしているの前で。は苦手な数学の担当であり義勇と不仲でもある実弥に怯えていたのを、最近ようやくまともに話せるようになったばかりだ。巫女服などという貴重な姿を前にして、こんなことばかり言いたいわけではない。もっと言うべきことがあるはずなのだ。似合っているだとか――可愛い、だとか。
(言えるかよォ)
 チッと大きな舌打ちに、目の前のの肩が大きく跳ねた。青さを通り越して白くなった顔で実弥を見上げ、震える手でマフラーを返そうと首元に手を伸ばす。「巻いてろォ」と地を這うような声で唸った実弥にコクコクと頷いて、はおずおずと口を開いた。
「あの、不死川先生……」
「…………」
「お、おしるこ、配ってるんです。食べて、行かれませんか……?」
 小さくて細っこい指が、つん、と実弥の袖を摘む。触れたら暴発するとでも思われているのか、それでも気遣った結果なのか。到底恋愛感情など向けるべきではないこの子どもに、実弥はいつだって振り回されている。
「……テメェも食いに行くのかァ」
「は、はい、あまねさんが、食べてきなさいって、」
 なら、いい。その言葉は喉の奥で変な唸り声になったけれど、代わりに実弥は袖を遠慮がちに摘むの手を掴む。ひやりとした温度に、思わず眉間に皺が寄った。この子どもはどうにも、自分の身をおなざりにするところがある。いつも「義勇さん義勇さん」とかまびすしく保護者の世話を焼いているくせに、自身に無頓着なところばかり似て。
「これ、持っとけ」
 ポケットから取り出したカイロを押し付けると、がおろおろと実弥を見上げる。「予備があんだよ」と言うと、やっと受け取ったけれど。
(おしるこ食わせて、上着着させて、甘酒でも飲ませてやるかァ)
 頭の中につらつらと、この子どもにしてやりたいことを思い浮かべる。ひとまずは、この手の温度が戻るまで。手を繋いでいようと、実弥は少しだけ笑ったのだった。
 
200114
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