すやすやと、気持ちよさそうに眠る。普段は小さな体でくるくるとよく働いているから、こうして日中に静かに眠っているのは珍しい。普段は姿を見なければ家事か稽古をしているが見つからないときは、日当たりのいい部屋を探せばいい。は、よく陽を浴びた畳の匂いが好きなようだった。本人に自覚はなくとも、義勇は知っている。そのくらいは、義勇もを見てきた。
「……寝るのなら、布団を敷け」
 聞こえないとわかっていても、つい小言が口を突く。畳の上は冷えるだろうに、ころんと丸まって眠る姿は仔犬のそれだ。眠りの浅いを起こさないように気を付けながら義勇の羽織をかけると、ぴくりと薄い瞼が動く。けれど義勇の羽織に顔を寄せたはそれ以上動くことはなく、再び静かな眠りに落ちていった。

「しゃけだいこん……こげます……」
 奇妙な寝言と共に、がもぞもぞと身じろぐ。野生動物並に警戒心の高いには珍しく、昼寝は夕方に差し掛かっていた。義勇が起こすまでもなく、ハッとしてが飛び起きる。ぱさりと落ちた羽織を見て、ばっと顔を上げて義勇と目が合って。
「……〜ッ、」
「土下座なのか」
 真っ赤になったは、言葉を失ったままその場で土下座してしまった。耳まで赤いのを面白く思った義勇がそっと指先で耳をなぞると、びくりと飛び上がって触れられた耳を抑える。寝過ごした申し訳なさや寝顔を見られていた恥ずかしさやらで泣きそうなは、蚊の鳴くような声で「申し訳ございません」と謝罪を絞り出した。何もたまに昼寝をするくらい、構わないと義勇は思うのだが。特にこのところは任務も稽古も無理を押していたようだから、睡眠で体を休められるならそうして欲しかった。年齢のわりに貧相な体は、今まで無茶をしてきた代償だ。食事や睡眠で補えるのなら、それに越したことはなかった。
「よく眠れたのなら、それでいい」
「……で、ですが、」
 義勇が傍にいたことにも気付かず熟睡していたことが、気がかりなのだとは言った。普段は屋敷に人の気配がするだけで目を覚ますだ。さして気配を隠していたわけでもない義勇が隣にいたのに寝こけていたのが、己の気の緩みなのではないかと。実際は、夜中に帰ってきた義勇を出迎え損ねたことが一度もない。良いから寝ていろと何度も言ったが、目が覚めてしまうのだとは言っていた。
(気の緩みというよりも、)
 義勇に気を許している証なのではないかと、思うのだが。同衾するようになって、眠りの中でも義勇の匂いと気配に慣れて。肌を合わせて、その体温を覚えて。の中で義勇という存在が特別に許されているということだと、そう思えば思わず頬が緩むような気がした。
「ぎ、義勇さま、嬉しそう、ですか……?」
「ああ」
「……?」
 どうして今の話の流れで嬉しそうにするのかと、不思議に思ったのだろう。は表情に乏しいようでいて、纏う空気はひどくわかりやすい。素直で、けれど少しばかり鈍感で。本能的なところは鋭いのに、心情を読むことには長けていないのだ。小さな歓喜の理由を、に教えるつもりはない。それは困ったようにおろおろするを可愛いと思う意地悪かもしれないし、精神的な成長を促したい親心かもしれなかった。
「もう少し、悩んでいてくれ」
「は、はい……?」
 首を傾げるから返された羽織を、肩にかける。ふわりと香ったの匂いは、義勇と似ているようで少し違っていて。優しい匂いに、少しだけ目を瞑る。今夜はよく眠れそうだと静かな笑みを零して、の手を取り立ち上がったのだった。
 
200120
BACK