「いつも茶屋にいるけどよ」
「?」
 紆余曲折を経てひとまず茶飲み友達のような関係に落ち着けたを見下ろし、実弥は口を開く。おはぎをはぐっと咥えたは、返事の代わりにきょとんと首を傾げる。そんな些細な仕草にきゅっと胸が締め付けられるような反応をする自分が腹立たしくて、「ん゛っ」と実弥は咳払いをした。
「お前、茶会とかはしねぇのかよォ」
「……お茶会、ですか?」
 おはぎをひと口飲み込んで、は問われた単語の意味を思い出そうとするかのように目を伏せる。茶会がどういうものか拙い知識から引っ張り出したらしいは、少し頬を赤く染めてぽつりと呟いた。
「その……わたし、作法とか、知らなくて……」
 もじもじと、おはぎを持つ手が落ち着かなさげに動く。確かに、は茶会の作法など知らないに違いない。育手に拾われてからこの方茶会になど縁はなかっただろうし、義勇がそういった嗜みをに教えるとは思えない。何しろ、仮にも養育している女子が私服のひとつも持っていないことさえ他人に指摘されなければ気付かなかった男だ。情緒や風流にも疎そうだし、そもそも他人付き合いが下手すぎて茶会など招くことも招かれることもあるまい。実弥は粗暴な外見に反し場に応じた振る舞いに驚かれることも多いが、は見たまま大人しくて臆病で時々妙に野生的な子どもだ。育手の教育が良かったのだろう、それなりの礼儀作法は身についているが。けれど、が茶会の作法を知らないことは実弥が失望する理由にはならない。むしろ、丁度いい口実でさえあった。
「興味はあんのかァ」
「は、はい……」
「……教えてやるよォ」
「え、」
「俺が教えてやるって言ってんだろうが」
 言っているうちに頬が熱くなってきて、ふいと目を逸らす。驚いて固まっているの反応が気になって横目でちらりと見遣れば、は目をきらきらと輝かせて実弥を見ていた。
「あ、ありがとうございます、実弥さま……その、お茶会、教わりたいです」
「……おう」
「あの、すごく楽しみです、がんばります、ので、」
 純粋な尊敬の眼差しを向けられて、すわりが悪い。そういう柄ではないことは自覚があるし、らしくない趣味だと目の前で笑われたこともある。けれどはただ無垢な瞳で憧れと感謝を語るものだから、慣れない感覚にむずむずと背筋が痒くなった。それでも、悪くない。好いた女に目を輝かせて見つめられることが、嫌なはずがなかった。
「お茶会、嬉しいです……!」
 にこにこと、乏しい表情筋が柔らかく緩んで全身で嬉しさを訴える。直視できなくて、けれどもっと見ていたい。らしくない、柄ではない。そんなことはわかっている。それでも自分も人並みに恋というものをしてしまっているのだと、認めざるを得なかった。
 
200129
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