表情が感情についていかないのは、義勇とにとってはいつものことだ。それでも、今日は二人ともソワソワととても落ち着きがなくて。は飲めもしないコーヒーを間違って自分のカップに注いでしまうし、それを代わりに飲もうとした義勇は危うくカップをひっくり返しそうになっていた。物を落としそうになったり、転びそうになったり、何回も同じページを捲ったり、意味もなく鞄を開けては閉めてみたり。それでも一日の終わりというものはやってくるもので、珍しく眠そうな顔をしていないは何度も噛みながら義勇に就寝の挨拶を告げようとする。その腕をそっと掴んで、義勇はぽそりと呟いた。
「今日は……今日からは、一緒に寝ないか」
「は、はい……!」
耳まで真っ赤になったが、両手で顔を覆って頷く。こくこくと壊れたように何度も首を縦に振るに、義勇も頬をほんのりと耳を赤く染めた。そっとの手を取ると、幸せでふやけそうな表情で見つめられる。こつんと額同士を当てて顔を寄せると、がふにゃりと微笑むのがぼやけた視界に映った。
「……、起きているか」
「はい、義勇さん」
このやりとりも、何回目だろう。布団に入ってからも、やはり何となく落ち着かなくて。瞼を下ろすことなく、抱き締め合った互いのぬくもりを感じていた。義勇の胸に頬を擦り寄せて、は目を細める。
「あした、私は冨岡になるんですね」
「ああ……明日」
明日、義勇と澄は結婚する。大安吉日を選んで、互いの衣装も慣れないながらも選び合って。鱗滝は挨拶に行ったときも泣いていたし、の白無垢とドレスを見たらまた泣いてしまうかもしれない。最初は身内だけでこじんまり式を挙げるつもりが、気付いたらそれなりに招待客が増えていて。ふたりとも人付き合いが得手ではなかったはずだが、今まで縁を持った人間はそんな義勇たちのことを理解していて祝福してくれる。それはとても幸せなことだと、思うのだ。
「明日からは、」
義勇の指が、の左手の薬指をするりと撫でた。今は式場に預けている指輪が、明日からはこの指に嵌められる。
「冨岡なんだな」
「……はい、冨岡です」
何度も確かめるように、噛み締めるように、ひとつの響きを繰り返す。ずっと、同じ家に暮らしてきたけれど。明日からも劇的に何かが変わるわけではなく、今までもこれからも互いのことを愛おしく思っているけれど。それでも確かに、明日からは何かが違う毎日になる。ありったけの愛おしさと感謝を、大切に指先で確かめ合って。少し特別な夜は、ゆっくりと静かに更けていった。
200206