「俺がセキニン取るんだよ」
 手元で器用に花を編みながら、勝己はむすっとした顔で言った。何もわかっていなさそうな幼馴染は、今日も呑気ににこにこと笑っている。
「せきにん?」
「おう」
 能天気なツラ、と勝己は胸中で吐き捨てる。頭は悪くないくせに、この幼馴染はどうにも足りないところがある。の個性で生み出された花を使って黙々と花冠を作りながら、気の抜けた炭酸じみた表情の幼馴染を見下ろした。
「オラ、頭出せや」
「うん!」
 編み上がった花冠を、べしっと叩きつけるように頭に乗せてやる。部屋に溢れる花を拾い上げて、また花冠を編み始めた。
「……ヤケド、残るんだろーが」
「うん!」
「嬉しそうに言ってんじゃねぇノータリン」
「うん?」
 不運な事故。勝己がの腕を焼いたその事件は、そうやって処理されてしまった。いつも勝己が何かしでかすたびに怒鳴って頭を下げさせる母親が、珍しく神妙な顔付きで勝己を諭して。いつもは母親と勝己の間に入ってとりなす父親が、珍しく厳しい表情で勝己のしたことを淡々と述べて勝己の反省を問うた。それでも両親は、自分たちの想像以上に勝己が自責の念を抱いていることを察したようだった。誰に言われずとも、勝己自身が償う覚悟を決めたことを見て取ったようだった。の両親は、勝己を責めなかった。そも、娘が発現したばかりの個性を持て余していたことにも気付けていなかったと頭を下げられた。植物の異形系の個性だと、親も医者も認識していたらしい。事故の顛末を聞いて大きな病院にかかり直した結果、「花を生み出し続けなければ自分が植物になってしまう」というデメリットが判って。変形系か異形系の個性だと思っていた娘が、気付かず進行していれば物言わぬ木になっていたかもしれないと医者に知らされてゾッとしたのだと言った。木になってしまえば意識はどうなるのか。人の形に戻れるのか。そのまま二度と戻らなかったら、と「もしも」を想像して真っ青になっていた。花が生まれるのは個性の制御がまだできていないからだと思っていた致命的な思い違いが、勝己の事故の一件で明るみになって。怪我の功名だと、火傷ひとつでそれが判ったのだからむしろ感謝しているとまで言われ、勝己は苛立ちを喉の奥に押し込まなければならなかった。そして、勝己はの隣にいることを許され続けている。当の本人はといえばそんな事情など関係なく「かっちゃんはやさしい」と笑っているのだから、本当にどうかしていた。文字通り脳内お花畑かよ、と毒づくこともできず勝己は今日もに付き添っている。火傷の治療はしたものの、微熱が治まらないのだそうだ。布団に押し込められて退屈そうな幼馴染の部屋に上がることを許され、歯止めが緩くなっているのかいつもよりハイペースで生み出される「お花」に埋もれた部屋で幼馴染の間抜けな顔を拝んでいる。腕にぐるぐると巻かれた包帯は、誰がどう言おうと勝己の思い上がりが招いた結果だ。世間的に「不運な事故」で済まされようとも、「怪我の功名」で感謝されようとも、勝己の望んだものではないそれらなど苛立ちを募らせるだけだ。あの時自分はのヒーロー気取りだった。助けになるつもりでいた。それなのにこのザマで、幼馴染の腕には一生残る火傷が痛々しく広がっている。勝己は、本当のヒーローにならなければならないのだ。オールマイトを超えるトップヒーローになる自分が、幼馴染ひとり救えないことを許すわけがなかった。
「……嫁にしてやる」
「およめさん?」
「『キズモノ』にしちまったから、もらってやる」
「きずもの?」
「いいから黙って『うん』って言えや! ノータリン」
「うん!」
 二個目の花冠をべしゃりと叩きつけた勝己に、はやはりにこにこと頷いた。脳みその代わりに花が詰まっていそうな頭をべしっと叩くと、三個目に取りかかり始める。花の溢れる部屋でこんな女々しい作業をしていると取り巻きたちに知られれば冷やかされるのだろうが、そんなことはどうとでも取り繕えるしそもそも知られるようなヘマをするつもりもない。トップヒーローになり、高額納税者ランキングに名を刻み、ついでにこの間抜け面を一生かけて幸せにして、間抜け面のババアが子どもだの孫だのに囲まれて大往生するところまで見届ける。完璧な人生設計だと、子どもらしからぬ思考回路で稚い夢を描いた勝己はフンと鼻を鳴らした。
「かっちゃんのおよめさんになったら、」
「…………」
「まいにち『げきから』なごはんはイヤだなあ」
「……週五で手を打ってやる」
「わーい!」
 幸福のハードルが地面にめり込んでる女。何年か後の自分がをそう評するのは知らなくとも、勝己は「こいつ本当に頭大丈夫か」という目で三個目の花冠を押し付けたのだった。

「手ェ出せ」
 勝己の要求はいつだって唐突で直球だから、もいつも反射的に勝己に従う。隣り合っている部屋の窓を勝手に開けて勝己が入ってくるのは、いつものことだった。「お手」をする犬のように従順に手を出したに、勝己は眉を顰めた。自分で手を出せと言っておいてそれもどうかという話ではあるが、自分の腕を焼いた人間を前に躊躇いなく手を差し出すの頭はどうなっているのだろうか。花が詰まってるんだろうな、と勝己は柔い手のひらに自分の手を重ねた。
「やる」
「やる?」
 オウム返しに首を傾げたの手のひらで、きらりと光るおもちゃの指輪。ちゃちな子ども向けのおもちゃだが、それは勝己なりのけじめだった。
「『コンヤクユビワ』。失くすなよ」
「こんにゃく?」
「コンヤクだノータリン! ケッコンすんぞっていう印だ覚えとけ!」
「けっこんのやくそく?」
「……おう」
 手をとって、安っぽいメッキの指輪を左手の薬指に通してやる。その様子は客観的に見ればどこまでもチープなままごとだった。勝己が本気であればあるほど、それは子どもの絵空事で。いつか大人になれば、「そんなこともあったね」と笑い話になるような。それでも、は笑い話にはしないのだろうという確信があった。勝己が求めれば、それに笑って頷いて肯定する。受動的で従順で、性善説など霞むほど甘ったるいお花畑思考。中でも「お隣さんちのかっちゃん」に対する信頼と好意は突き抜けていて、それは物心ついたときからそうだった。きっと、こんな事故などなくとも勝己とはこういう形に落ち着いたのだろう。ろくに話せない幼子の頃から、隣にいないとだめだった。そこにいるのが当たり前で、いないとぽかりと穴が空く。そのくせこの幼馴染はふらふらとどこかへ行ってしまいそうだから、重石でも乗せておかないといけなかった。
「かっちゃん」
「なんだよ」
「ありがとう」
 純真な笑顔と共に、勝己に与えられた言葉。のありがとうはいつだって、勝己にとって特別だった。ヒーローを志す少年に、いちばん初めに与えられた「ありがとう」。のその言葉はいつだって、勝己を「ヒーロー」にしてくれた。
「……はよ寝ろ。んでさっさと治せ」
「うん!」
「返事すんな」
 寝ろ、と再び言った勝己はの腹を布団越しにぼすぼすと手のひらで叩く。何を思ったかその手をとったは、すりすりと頬を寄せて微笑んだ。
「かっちゃんのにおい、好き」
「……そうかよ。寝ろ」
「うん、おやすみなさい!」
 だから、を傷付けた手だというのに。その匂いも、を焼いたニトロだというのに。本当に脳内お花畑だな、と勝己は眉間に皺を寄せる。隣人を愛しなさい、どこでも聞くような一節が頭をよぎった。にとっては全人類が隣人で、勝己はその中で一番近いだけだ。それがわかっているから、ちゃちなお遊びだとしても指輪を渡してしまったのかもしれない。ぽんっとまたひとつ咲いた花を握り潰して、勝己は未だに目を閉じようとしないの頭を叩いたのだった。
 
191020
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