個性と対照的に、穏やかなひとだなあ。緑谷出久からに対するファーストインプレッションはそのようなものだった。緑谷の寿命を縮めそうになった個性把握テストで、轟と並んで二位を獲った女の子。わいわいと芦戸たちに詰め寄られて尋ねられていたその個性は水と風の複合型らしく、水圧を握力測定に利用したり立ち幅跳びにジェット水流や追い風を使ったりと器用に立ち回る姿が印象的だった。一言で言うならば台風のような個性であるのに、自身はのほほんと穏やかで明るい性分であるようだ。ボール投げの後爆豪に絡まれそうになった緑谷との間に入ってくれたに、爆豪は「テメェはすっこんでろお天気女」と吐き捨てていた(結局は相澤に仲裁されたが)。嵐のような個性と、能天気な性分。その噛み合わなさがどこか目を惹く彼女は、これまたギャップのあるコスチュームでグラウンドにやって来ていた。
「ちゃん、それ背広?」
「うん! 布地自体は色々加工されてるけど」
初めての戦闘訓練、初めてのコスチューム着用。個性的なコスチュームが居並ぶ中で、あまりに日常的過ぎて逆にちぐはぐなサラリーマンのごときスーツ。白に近い灰色のジャケットにパンツ、ネクタイもきっちりダブルノットで締めている。男物のスーツを小柄であどけないが着ているその様子は、やはり「印象が定まらない」というの印象を強くする。麗日のスーツにサムズアップをした峰田がに視線を移すと、表情を険しくして口を開いた。
「お前、せめてスーツならタイトミニだろ!」
「タイトスカート、動きづらいよ?」
「それから足元はパンプスにしろよぉ! 何だよ普通の革靴って! サラリーマンか!」
「ヒールのある靴、走りづらいし……」
「おしゃれは我慢なんだろ!? ミッドナイトを見習え!」
機能的なのか機能的ではないのか、今いちよくわからないコスチュームである。麗日と同じ天然系統なのだろうかと、緑谷は微笑ましげにやり取りを見守っていた。
「本当はね、印鑑も真似したかったんだけど」
「印鑑?」
「それはダメって言われたんだ」
「誰かのコスチュームと揃えてるの?」
「うん! 大好きなヒーロー」
突飛な単語に首を傾げた麗日の横から、誰かをリスペクトしたコスチュームだと言うようなの言葉を掘り下げる。嬉しそうな笑顔と共に返ってきた肯定に、サラリーマン風のヒーローといえば誰だっただろうかと緑谷は首を傾げた。
「緑谷くんとおなじだね!」
オールマイトを意識した耳のことを言っているのだろう、が両手で自分の頭上を指差してにこにこと笑う。真っ直ぐに向けられたあどけない笑顔と、わかりやすいリスペクトを指摘された照れに緑谷は思わず真っ赤になって顔を覆ったのだった。
「透ちゃん、今動けるようにするからね!」
「ちゃん! 助かったよー」
訓練開始間もなく、ビル一棟を覆った氷。透明人間であることを活かすべく全裸になっていたことが災いして直に素足を凍らされてしまった透の元に、無線で位置の連絡を受けたが駆けつける。即座に葉隠の足元の氷を水に変化させたは、拾ってきたらしい葉隠のブーツと手袋を差し出した。手早くそれらを身に付けた葉隠は、ぴょんっと跳ねて喜びを露わにする。
「ありがとう! ちゃん、氷も水にできるんだねぇ。尾白くんもこれで?」
「うん、尾白くんも動けるようにして核を任せてきたよ! 私は戻るけど、透ちゃんは……」
『ヒーローチーム、WIN!!』
と共に核防衛に戻るか、伏兵役を続行するか。それを問おうとした会話の途中、オールマイトの声で高らかにヒーローチームの勝利が告げられる。出鼻を挫くように自分たちの負けを知らされたと葉隠は、あちゃーと言うように顔を見合わせた。もっとも、葉隠の顔はには見えないのだが。
「このタイミングで言われるの、複雑だねー!」
「何もできなかったなぁ。悔しいけど、戻ろうか」
「何もできてないのは私だよ! ちゃんは尾白くんと私を助けてくれたもん」
消化不良のやるせなさを口にしながら、講評のために並んでビルを出ていく。寒いだろうとがジャケットを脱いで葉隠に差し出そうとするが、それとほぼ同時に今度は熱がビルを覆った。
「うわ、今度はあったかい!」
「これ、氷と一緒の人かな? すごいね」
あっという間に溶けていく氷を横目に、脱いだジャケットを小脇に抱える。氷も熱も使えるのなら凄いことだと感嘆の息を吐くに、葉隠は「ちゃんも水と風ですごいよ?」と笑ったのだった。
「ごめん二人とも……核、守れなかったよ」
「ううん、ひとりでがんばってくれてありがとう!」
「尾白くん濡れてるけど、それも氷?」
「そうだよ、核の部屋に入ってきた轟に直接凍らされたんだ。溶かしてもらって濡れてる」
「風邪ひかないようにね!」
「気遣いはありがたいけど、葉隠さんには言われたくないような……」
出口近くで合流した尾白の言葉に、その横をスタスタと歩いていた轟がちらりとだけ視線を寄越す。尾白の話によると、侵入してきた轟を相手に接近戦に持ち込んだが隙を突かれ氷漬けにされてしまったのだそうだ。せっかく任されたのにと肩を落とす尾白は、葉隠との労いに顔を上げて苦笑を浮かべる。障子も含め寡黙なヒーローチームと、意気消沈はしているものの言葉を交わし励まし合うヴィランチーム。ヒーローとヴィランが逆転しているような様子に、講評のために出迎えたオールマイトはクスリと笑みをこぼした。障子の索敵能力と轟の制圧力を高く評価したオールマイトは、尾白たちのチームプレイも評価しつつ「今回は純然たる力量差があった」と締めくくる。もし尾白がもう少し持ち堪えていられれば。もしと葉隠がもう少し早く戻れていたら。次はそうできるように力をつけようと敵チームの肩を叩くオールマイトが、次の試合開始を促す。モニターの前に戻ってきたに、轟は「なぁ」と話しかけた。
「が尾白と一緒に俺を迎え撃たなかったことが疑問だった」
氷結の瞬間に風で浮いたのか、他に何らかの手があったのか。避けるだろうとは思っていたが、は迎撃に出ると轟は予想していたのだ。けれど核の部屋で待っていたのは尾白ひとりで、講評を聞けばは葉隠を助けに行っていたという。尾白とは人数差のハンデとして重りを着用していたが、オールマイトの言葉ではは風の個性の応用でビルに侵入してきたのは一人だけだと感知していたという。確かに「足の皮が剥がれる」と脅しはしたが、すぐに凍傷になるほどの威力ではなかった。チームの一人が行動不能とはいえ、単独の侵入者を二人で迎え撃てばあるいは。どうしてその選択肢を挙げないのかと問う轟に、その視線を受けたは指先で頬をかいた。
「ちょっと迷ったけど、まず助けに行かなきゃって思った」
「葉隠を合流させての作戦があったのか?」
「ううん、被害軽減を優先したよ。痛いとか寒いとかずっと思わせて落伍させるよりも、3-0で被害無しの勝ちがいいなと思って」
「……それで負けてちゃ世話なくねぇか」
「うん、今回は負けた! けど、さっきの試合で敵チームが連携取れてないの見たばっかりだったから」
爆豪と飯田のチーム崩壊を見たすぐ後に、連携を放棄するような試合はできないということなのだろう。「百ちゃんも『下学上達』って言ってた! 身近なことから学ぶことだって」と、八百万から意味を聞いたばかりの言葉を引き合いに出してぱっと腕を広げる。単に馴れ合いを優先したわけでもなかったか、とモニターに視線を戻そうとした。
「それにやっぱり、勝つなら完全勝利がいいんだ。透ちゃんも尾白くんも私も、みんな無事で勝つのが『一番』の勝ちだよ」
「負けただろ。そんなこと目指す以前のレベル差だった」
「うん、轟くんはすごいよ。すごくすごい。だから追いつかないと」
理想主義者なのだろうか、夢見がちなのだろうか。強い個性を持っているのに、正直なところ拍子抜けだった。風と水。個性把握テストで同順位、二つの複合個性を見せたに、半冷半燃の轟は対抗意識にも似たものを覚えたのだ。躊躇いなく二つの個性を使うは、二つを持ちながら一つだけで戦う轟が父を否定する材料になるのではないかと。けれど、言葉を選ばすに言うなら期待外れだった。子どもっぽい笑みを浮かべて理想的な勝利を語るは、轟の越えるべき壁ではない。興味を失ったようにモニターに目を向けた轟と対照的に、同じ言葉に轟とは異なる感慨を得た爆豪がに視線を向ける。その視線に気付いたが窺うように首を傾げるも、爆豪は結局何も言わずに目を逸らしてしまったのだった。
191106