「オールマイトの人気はすごいねぇ」
「本当ね、これが有名税というものかしら」
 マスコミの喧騒を後目に、てくてくと蛙吹と並んで歩く。「それにしてもちゃんは器用ね」と顎に指を当てた蛙吹に、は照れくさそうに頬をかいた。
「個性使ったの、内緒にしてね」
「ええ。誰かに迷惑をかけているわけではないし、おかげで私も助かっているもの」
 オールマイトについて生徒から聞き出そうとするマスコミを他人事のように眺めていられるのは、の個性を使って身を隠しているからである。細かい水の粒を使って光の屈折がどうのこうのと、使っている本人は上手く説明できないながらも四苦八苦して原理を教えてくれた。爆豪も戦闘訓練の時に言われていたことだが、彼とは別の意味でも考えるタイプには見えないので意外といえば意外である。これが風を使って校門まで駆け抜けるなどの手段を取っていれば蛙吹はを止めていただろうが、自分たちの姿を隠す程度であれば黙認される範囲だろうと蛙吹はに微笑んだ。スカートからちらりと見えたスパッツといい、無邪気な言動といい活発に駆け回る子どものような印象だったが、それは良い意味で裏切られた。しっかりと躾の行き届いた遊び盛りの仔犬のような、大人に追いつこうと背伸びをする聞き分けのいい元気な子どものような。見ていて楽しい友人ができて良かったと、蛙吹はと一緒に校門をくぐったのだった。
「そういえばちゃんは推薦だったわね?」
「うん! 百ちゃんも轟くんもすごいから、ちょっと恥ずかしいけどね!」
ちゃんだってすごいわ、恥ずかしがらずに胸を張って」
 思ったことしか言わない蛙吹の言葉に、戦闘訓練であっさり轟に負けて凹んだ気持ちが上を向いたのだろう。嬉しそうにありがとうと言うは、「がんばるよ」と両手の拳を握る。
「私、繰り上げ合格だったんだ。同じ中学で雄英の推薦を通った友だちが、入学辞退しちゃって」
「あら……」
「繰り上げの人数? 基準? を間違えたとかなんとかで、推薦合格者が五人になっちゃったんだけど、校長先生が『まあいいよね!』って通しちゃったんだって」
「この学校は本当に自由なのね」
 だから本当にこの場にいていいのか少し不安だったのだと、はひとつだけはみ出した自分の机を思い浮かべて眉を下げる。大胆で繊細な友人は「が受かったのは運とかオマケとかじゃないと思うぞ!」と背中を叩いてくれたものの、どうにも拭い切れない劣等感があったのだ。けれど個性把握テストのときも、戦闘訓練の後の反省会でも、クラスメイトたちはみんなを対等な同級生として見てくれた。蛙吹の言葉も、とても嬉しかった。経緯はともかくがんばろうと奮起するに、蛙吹は「その意気よ」と笑う。
「ぷるすうるとら」
ちゃん、その校訓好きね」
「うん、大好き!」
 もっと向こうへ、更に彼方へ。えいえいおーとするように拳を控えめに突き上げるは微笑ましく、良い朝の始まりだと蛙吹は思ったのだった。
 
「ご趣味は」
「上鳴くん、お見合いかな?」
 妙にかしこまった面持ちでキリッと尋ねてくる上鳴に、はへらりと笑う。テンポのいいやり取りに肩を震わせた耳郎が「パルクールとかやってそうだよね」と話に加わると、「パルクールもやってみたいなあ! 山には登ってるけど」とは無邪気に頷いた。
「登山が趣味なんだ?」
、おばあちゃんみたいだな!」
「えー、おばあちゃんかなあ」
「あ゛ぁ? 誰が爺婆だってんだよ」
 おばあちゃんという上鳴の若干失礼な発言に反応したのはではなく爆豪で、耳郎の席周りで話していたたちは顔を顰めた爆豪にそれぞれ首を傾げた。
「なんで爆豪がキレるんだよ」
「爆豪くんも山登りするの?」
「意外っちゃ意外だけど、言われてみれば納得もいくような」
「っせぇな……誰が山登りしてようが人の勝手だろーが」
 爆豪も登山をするのかという問い自体には答えてないが、実質の肯定である。一緒くたに貶されたと捉えたのだろう、上鳴は両手を挙げて謝意を示した。
「悪かったよ、んなキレんなって」
「口は災いの元だねー、上鳴」
「でも、上鳴くんのおかげで登山仲間がいるってわかって嬉しいよ」
「仲間じゃねぇよ一緒にすんな」
 上鳴が謝ったことで気が済んだのか、ケッとそっぽを向いた爆豪はそれきり会話から離れる。「この間登ったときの写真だよ」とスマホを取り出したに、耳郎と上鳴は「おー」と感嘆の声を上げて山頂の写真を眺めた。
は元気に『やっほー!』とか叫んでそうだよな」
「えっなんで知ってるの」
「当たりか」
「空が近いと嬉しくなるから、つい……」
「やまびこって空じゃなくて山に向かって叫ぶもんだよ、
「そうなの? いつも空に向かって叫んでた……」
「やばいな、天然系かよ」
 写真のフォルダを見れば、山の景色と同じくらい空を撮ったものが多い。それを耳郎に指摘されたは、「登山を始めたきっかけなんだけどね」と指を合わせた。
「ちっちゃい頃、個性使って飛んで空に行こうとして」
「うわぁ、ヤンチャするね」
「すっごく怒られた……」
「まあそうなるよな。それで登山?」
「うん。お父さんがね、『空に近付くなら地に足をつけて行く方法がある』って」
「楽しいお父さんじゃん」
 耳郎の言葉に、はにこにこと嬉しそうに頷く。山登りも、空に近付くことも、父親のことも本当に好きなのだろう。「昔は空に行きたかったけど、今は山登りも本当に楽しいよ」とは笑う。
「だから脚の筋肉がしっかりしてるんだな」
「それは、脚が太いってことかなあ?」
「上鳴、アンタほんとに要らんこと言うね」
 本人は褒めているつもりなのだろうが、如何せん年頃の女子にとっては禁句に近い言葉である。じとりとした視線に慌てて「じ、耳郎の趣味はどうなんだよ?」と話を逸らすも、二人の視線の温度は低いままで。予鈴が近いと飯田がよく通る声で着席を促すまで、上鳴はわたわたと弁解を続けたのだった。
 
「いいんちょー……」
 投票用紙を前に、は頭を悩ませる。トップヒーローを目指しているのはも同じで、だからこそ委員長をやりたいという気持ちもある。ならば迷わず自身に一票を投じるべきではあるのだが、先ほどの飯田の発言が頭の中にしっかりと残っていた。多を牽引する重大な仕事、その通りなのである。地に足をつけて全体を見渡すのにも良い訓練になるとに登山を勧めてくれたのは、尊敬するヒーローである養父だ。雄英に入学することになったに、「多くを見て学べ」と言ってくれた。かつて『No.1てっぺん』のサイドキックを務めた、サー・ナイトアイ。彼ならばきっと、ただ「やりたい」というだけで適性のない職に就くことを良しとはしないと思うのだ。視野を広く保ち、クラスメイトのひとりひとりを気にかけ、いざというときは統率して牽引する役目。それはまだ、にできることではない気がする。足りないと自覚したのならどう補うか考えろと、サーは言った。まだ自分が委員長に相応しくないと判断できたのなら、相応しい人間が委員長を務める姿を見て学ぶべきだ。周りをよく見ろと、サーは言う。下学上達だと、同じ推薦入学者の八百万も言っていた。だったら、とは一番後ろの席から教室を見渡す。委員長に相応しい人間として追いつきたい姿を探して、シャーペンを握ったのだった。
 
191107
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