? 仲良しだよ」
「なかよし、らしいです……」
 が双子からもらったお菓子をオーエンが巻き上げているところに出くわし、何とか半分こで思い留まらせた賢者はふと気になってとオーエンの関係を問うてみる。にこにことやたら笑顔で答えてきたオーエンと、どこか怯えた様子で曖昧な答えを返したの様子が対照的で賢者は苦笑を浮かべた。
「ほら、こうやってすぐ怯える。簡単に不安になるし、怖がるし、よく泣くし、遊んでいて楽しいから好きだよ」
「遊ぶ方向性が間違っているような……」
も喜んでるからいいでしょ」
「喜んでないです……」
「何? のくせに生意気なことを言うんだね。賢者様に庇ってもらえるからって強気になった?」
「ち、ちが……」
「あはは、また泣きそうな顔。知ってるよ、ブラッドリーに言われたんでしょ? たまには言い返せって」
「…………」
「このくらいで泣きべそかいてるうちは無理だと思うけど。弱気なままでいいよ、その方が楽しいから」
「オーエン、もう少し優しくしてあげてください」
「僕は優しいでしょ? がひとりぼっちで寂しくないように、構ってあげてるんだから」
 ちっとも悪びれた様子を見せないオーエンと、そこには異論のないらしい。「オーエン、北でもいつも遊んでくれました」と俯くは、考えてみればミスラ以外の他人と関わる機会もなく過ごしてきたわけで。「遊び」の内容はともかく、オーエンが遊んでくれたということだけは事実なのだろう。あまり楽しい思い出ではなさそうだが、嫌っているかと言われればまた複雑なところらしかった。
ちゃん、ミチルとリケが探してたよ。二人と遊ぶのは、きっと楽しいと思う」
「ひどいね賢者様。僕と遊ぶのは楽しくないって言うんだ」
「その遊びはちょっと……刺激が強いというか……」
「オーエン……」
「いいよ、行けば。お前と遊ぶ気分じゃなくなったから、また気が向いたら遊んであげる」
 追い払うように手を振ったオーエンに、躊躇う様子を見せながらもはぺこりと頭を下げて駆け出していく。同年代の子どもと知り合うのは初めてらしく、もミチルやリケとの交流を楽しみにしている様子だった。
「オーエンとは、友だちなんですか?」
「友だち? 何それ」
 賢者の問いに、オーエンは肩を揺らしてクスクスと嗤う。自分でもそうは思わないことを確認するのは、やはり愚かなことらしかった。
「面白いおもちゃのひとつだよ。今のところはね」
「今のところは」
 思わず真顔で復唱すると、オーエンは何か思案するように目線を逸らす。苦い思い出が浮かんだように、眉間に皺が寄った。
「あまりつつきすぎると、ミスラが面倒なんだよね。けど、まだ弱味じゃなくて」
「はあ」
「二回、のことで殺されてるんだよね」
「えっ、二回もですか」
「そう。一回目は、ミスラが子どもを引き取ったって聞いて見に行った時。別に大切じゃないって言うし、そのうち石にするって言うから『同じ程度の石と交換してよ』ってお願いしたら殺されたんだよ。大切じゃないって言ったくせに、って思ったけど……」
「けど?」
「大切だったのはあの魔女に頼まれたことだからって部分で、じゃなかったんだよね。だから、どうせ石にするくせにあの魔女のお願いを果たしたつもりになってて馬鹿みたいって言ったんだよ」
「それが二回目ですか……」
 あくまで、チレッタからの頼まれごと。それなのに石にはするけれど、他人に渡すつもりはない。その矛盾を突かれると、死なないとはいえ殺す程度には怒りを示す。
「死者の願いを聞いたって仕方のないことだってわかってるから石にしようとしてるのに、約束ですらないお願いを叶えてあげてる。半端なことをするよね」
「…………」
「可哀想だね、。いつだって何かの道具で何かの代わりで、自分を見てもらえない。それなのにミスラミスラって、馬鹿みたい」
 オズに拒まれた魔女により産み落とされて、作り替えられ遺されて。特別な存在は自分ではないとわかっていながら、傍に置いてくれた人を慕い続ける。誰にも預けられない方が、いっそ本当の独りになってしまっていた方が、幸せだったのではないだろうか。何のしがらみもなく、誰の面影でもなく。ひとりぼっちから始まった人生ならきっと、その紺の髪と赤の目は何の意味も持たなかった。自分の命に、執着する理由を得ていた。
「北の魔法使いなのに、情けないよね。みっともなくてつまらなくて、生みの母親そっくりで惨めな女」
「オーエン、それは……」
「……って、に言って泣かせたら殺されかけた」
「えっ?」
「昨日。ミスラに。だからさっきのは、八つ当たり」
「ええ……!?」
のせいで殺されかけたんだから、いいでしょ。あのくらい」
「いや、自業自得というか、えっ……?」
 そこでに責任転嫁するあたりが実にオーエンなのだが、実質三回目である。昨晩妙にミスラもオーエンも機嫌が悪かったのはそういうことかと、いらない納得をしてしまう。それはも怯えて当然だし、ブラッドリーはあんまりな物言いに言い返せと言いたくなるだろうし、ミスラは朝から部屋に籠って出てこないわけである。賢者の耳に入っていないということは、双子もその諍いを知らないのだろう。聞けばは機嫌を悪くして不貞寝しているミスラのために、食べ物をもらってきたところだったらしい。朝から寝ているミスラが食べる、ということをが口にしなかったため、「食べ物をください」とネロに頼んだに双子がおやつのことだと思ってお菓子を山のように持たせてやったらしかった。ミスラは菓子が食事でも気にすることなく腹に入れるのだろうし、もそういうミスラと育ったから特に疑問もなく菓子をもらってきてしまったのだろう。オーエンがから菓子を巻き上げていたのは、ミスラへの意趣返しでもあったようだった。
「死んだ魔女のことにさえ触れなかったら、を泣かせようが笑わせようが無関心だと思ってたのに」
 のことでチレッタやミスラを侮辱することと、という石を横取りしようとすること。それだけがに関してミスラが厭うことのはずだったから、オーエンはをたくさん泣かせてきた。恐怖や不安が魔力の糧となるから、よく怯えよく泣くくせにオーエンを避けようともしないは都合が良くて。それに関して、ミスラは今まで口も手も出してこなかった。たまにオーエンの言葉に、何が嬉しいのかが笑うことがあっても興味無さげに一瞥するだけで。それが今更、が泣いたくらいのことでオーエンを殺そうとする。
「いつの間に逆鱗になってたのかな。ミスラに殺されない程度にで遊んでたのに、困るよ」
「普通に遊んであげればいいのでは……?」
「ふうん。たとえば?」
「鬼ごっことか、隠れんぼとか……泣かせない方向で」
「馬鹿じゃないの」
「やっぱりオーエンは鬼ごっことかしないですよね……」
「泣かせないように遊ぶなんて意味無いだろ」
「そっちですか」
 呆れたように肩を竦めたオーエンは、「つまんない」と呟く。から取り上げた菓子の包みを破って、ビスケットを口に入れた。
「どうせなら、早くミスラの弱味になってくれないかな」
「期待の方向が物騒なんですが……」
「今が死んでも、ミスラは泣かないでしょ。石を食べて、それでおしまい」
「泣かないにしろ、悲しむのでは?」
「悲しまないよ。今はまだ。だから、弱味になるまで待ってあげる」
 あの二人の関係が、変化するなら。ただの「チレッタからの預かり物」が、ミスラの執着するものになるなら。かつて大魔女が願ったような、幸せで優しい関係を築いたなら。
「その時になったら、を石にしてやる。やっと大切になったものを壊されたら、ミスラはどんな顔するかな? 泣いてくれるかな? 楽しみだよね」
「……それを楽しみだとは、俺は思えません」
「そう。僕は楽しみだよ。そのためなら、に優しくしてやってもいいかな」
 子どものように無邪気に残酷に笑って、オーエンは姿を消す。ぽろぽろとオーエンが零したビスケットの欠片だけが、床に残った。いつかがミスラの大切なものになったら、オーエンはこうしてを踏み砕くのだろうか。それでも、だから今のままの関係でいろとは思えない。殺すの殺さないのというのは物騒極まりないが、かつてはが泣いても無関心だったというミスラがそれに怒るようになったということは、良い兆しなのではないだろうか。魔法舎に来て新しい人間関係が生まれて、ミスラがに思うことも変わったのかもしれない。或いはこれから、変わっていくのだろう。少なくとも、いなくなったら悲しむくらいには変わってほしいと、願う。オーエンも、変わるのだろうか。ミスラを傷付ける手段として二人の関係の変化を望む気持ちが、変わることはあるのだろうか。北の彼らはとてもわかりやすいようでいて、時折西の彼らより読めないときがある。強さと、残酷さと、誇り。独特の不文律の中で生きている彼らは美しくて恐ろしくて、安易に手を触れていいものかもわからない。賢者の生きてきた世界とは、あまりに遠い価値観の中にいる。届かないからこそ美しくて、理解できないからこそ恐ろしい。
(でも、オーエンは楽しそうだったな……)
 いつかミスラをもっとも残酷に傷付けてやろうとした時の顔とは違う、笑い方だった。からお菓子を巻き上げていたときの、オーエンの楽しそうな顔。或いは本当にただの友だちのような気安さも無自覚に抱えているのかもしれないと、希望的観測とわかっていながら思ってしまう。
「……!」
 中庭から、悲鳴が聞こえる。慌てて窓から見下ろせば、ケルベロスが庭を駆け回っていて。追いかけっこをしていたらしいミチルとリケとが逃げ惑っているところを見るに、まさかオーエンなりに鬼ごっこに加わったつもりなのだろうか。オーエンにケルベロスを止めさせようと賢者が声を上げるが、がミチルとリケの手を引っ張って空間の扉に消える。無事逃げおおせた子どもたちだったが、「今度は隠れんぼ?」という恐ろしい声が聞こえて。とりあえずケルベロスは禁止しなければと、賢者はここ数年で一番のスタートダッシュを決めたのだった。
 
200628
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