「依存でしょ」
「依存だろ」
「「依存かなー」」
 異口同音にバッサリと言い捨てたのは、が恋愛相談には向かないと判断しシャイロックも暗に同意した北のダメな大人たちだった。カウンター席でシャイロックとの雑談に興じていた賢者のところに、ブラッドリーがを小脇に抱えてやってきて。「淑女の扱いがなっておらんぞ」と窘めながらもついてきた双子と、いつの間にかしれっと席に着いていたオーエン。身内というか腐れ縁というか、普段面白くない思いをさせられているミスラの、弱味候補。その関係性を面白おかしく引っ掻き回す機会とあらば、彼らが穏やかに見守るはずもなかった。同郷のヤンキー集団に左右を固められ、さあミスラの弱味を吐けとばかりに度数の一番高い酒(ブラッドリーが選んだ)に大量のシロップ(オーエンが入れた)を混ぜたシロモノをが懐柔と脅迫のどちらと取ったかなど、言わずもがなであろう。自分の悩みごとはミスラの弱味になるのだろうかと首を傾げつつ、ちびちびと凶悪な飲み物を舐めていく。カラオケやファミレスでこんな光景を見たことがある気がする、と賢者は剣呑な恋バナとお供のカオスな飲み物を見下ろして正直帰りたくなった。そして「自分のミスラに向ける好意の種類を知りたい」と言うに、彼らが躊躇うこともなく出した結論が「依存」だ。あんまりな物言いだとは思うが事実の一角ではあるし、とて耳に優しい言葉を求めているわけではない。北の彼らは相手を傷付けないために言葉を選んだり飾ったりするということをしないし、先日の東の面々とは正反対であった。
「まあ、無理もねえだろ。最初から非常食扱いで、まともな恋も愛もねえ」
「非常食っていうより、保存食じゃない」
「あるいは、熟成中といったところかのう」
「食べ時を伺っておるところじゃのう」
「いやあの、食用としてのちゃんの定義を議論してるわけじゃないんですけど……」
 賢者が口を挟むものの、それぞれ「依存という結論になっただろ」とでも言いたげな、もはや終わった話扱いである。「早くミスラの寝首かけよ」だの、「ミスラの弱味になっていちばん惨めな死に方してよ」だの、物騒極まりない方向にの背中を押そうとしている。困りますお客様、子どもになんてことを吹き込んでやがりますか。何百年も変わらない腐れ縁面子の中で、一等他人に関心のなさそうなミスラが引き取った子ども。何だかんだで物珍しくて構っているのかもしれないが、それにしたって構い方が北にも程がある。この世界に来てから、北という単語に名詞としても形容詞や動詞としても新しい可能性を見出してしまっている賢者だった。
「しかし、ミスラも酷じゃのう。愛恋の問題から生まれた子どもに、最期まで愛恋について悩ませるとは」
「そういうことを気遣う神経があれば、ミスラはとっくにを石にしておるじゃろうな」
 えげつない液体をほんの僅かずつ嚥下していくの前に、飴玉を積んでいく双子。さらりと彼らが口にした「最期」という言葉に、びくりと肩を跳ねさせたのは賢者だけだった。
「向こう五十年は殺せねえんじゃねえのか」
「殺せないまま、ミスラの方が先に死んだら笑えるよね」
「ミスラが……先に死んだら、こまり、ます」
「その時は俺様が石にしてやるよ」
「ちょっと、勝手に決めないでよ」
「あぁ? 先に石にした方のでいいだろ」
「いやです、『うわき』しません」
 ぷくっと白磁の頬を膨らませるだが、怒る場所はそこなのか。そこでいいのか。自分が殺すの殺されないのの話は当然のようにスルーするのに、ミスラ以外に石を取られるかもしれないとなると愛らしい目元を吊り上げてわりと本気の拒絶である。オーエンに耳を塞ぎたくなるような言葉で嘲られていたときだって、泣きそうなばかりで怒ることはなかったが。
「純愛だなー……」
「賢者、眼の医者紹介してやろうか?」
 ブラッドリーにけっこうガチな心配をされて少し落ち込んだ賢者だった。
「迷子なんでしょ」
 惨めな迷子、とオーエンはの手元から飴玉を取り上げてゴリッと噛み砕きながら言った。オーエンが剥がしてカウンターにばら撒く包み紙を、がせっせと集めて丁寧に畳んでいく。
「誰でもいいから恋なのか愛なのかもわからなくて、誰でもいいのにミスラしかいないから好きだって思い込んでる。本当に惨めで可哀想」
「これ、オーエン」
「口が過ぎるぞ」
「惨めなだから見てて面白いのに」
 双子に咎められたオーエンは、肩を竦めて甘ったるい酒を呷る。北の彼らに関しては、とミスラの関係を愉快な見世物として見ている節がある。スノウとホワイトは若手に甘いから度の過ぎた悪戯はしないが、チレッタの遺言で距離があったことによりアーサーに対するものとは異なる親しみを抱いているようだった。
「ミスラ以外の男と火遊びでもしてこいよ。まだガキだし、簡単に愛だの恋だのが実地で理解できんだろ」
「これブラッドリー、不純異性交遊を勧めるでない。まずは清く正しく美しいお付き合いからじゃ」
「手始めにヒースクリフあたりと交換日記はどうじゃ? おぬしらは仲が良かったであろう」
「ヒースクリフとちゃんをセットにしたら、オーエンの嫌がらせの格好の的になるような……」
 賢者がぼそりと呟いた言葉に、双子は途端に真顔になって頷いた。ヒースクリフとは大人しくて内向的、それぞれに没頭する趣味がありそれ故に気が合う。だが、オーエンにとってはよく怯え面白い反応を返す獲物が雁首を揃えている状態だ。ましてやそこにまかり間違って恋愛でも絡もうものなら、最終的に彼らの保護者が総出でオーエンを追いかけ回すような騒動になりかねなかった。
「じゃあ、中央の王子とかどうだよ。『合コン』だ何だよく騒いでんだろ」
「本人はその言葉の正しい意味をわかってないですけどね……」
「じゃが確かにアーサーは、共に愛を育むという点においては適任じゃのう」
 臆面もなく愛を説き、魔性の者にさえ共に愛を創造することを諭すことができる眩い王子。誰もに寄り添い共に歩む道を探そうとする彼とならば、情緒初心者のであってもゆっくりと自らの心にある愛を見つけて育んでいくことができるだろう。この魔法舎で年少の部類に入る彼が愛を説くのに最も相応しいというのも、特に北の年長組には自省してほしいところなのだが。しかし、とスノウが人形のように愛らしいかんばせを奇妙な表情で彩る。
「アーサーとが愛を育むとなると、オズがのう……」
ちゃんの生い立ち的に、反対しますか……?」
「逆じゃ。泣いて喜んで、全力を尽くして二人の仲の成就までこぎつけさせるであろうな」
「愛する子どもたち同士で幸福な家庭を築くとあらば、あの姑根性逞しい男も全力で応援するじゃろうな」
 確かにオズはがアーサーと恋仲になったら喜ぶだろうな、と賢者は思う。どこの馬の骨とも知れぬ、否、生まれと血統は確かであろうが『アーサー』を尊重し愛し守ってくれるかはわからないどこぞの姫君よりずっと。悠久の時を生きるオズにとって、たかたが人間の生まれと血統など鼻で笑って掃き捨てる程度のものである。おまけに人間の王侯貴族というものは、とかく魔法使いに対する当たりが強い。対しては彼女自身が魔法使いであり、気難しいオズと再婚家庭の義娘のようにゆっくりとだが確実に信頼や親しみを積み重ねている相手だ。おまけに、アーサー本人も妹ができたように可愛がって構っている。活発でやんちゃなアーサーにとって、臆病で大人しく従順で可愛らしいはまさに絵に描いたような理想の「妹」だ。オズと同じ色の髪と目であるということもあり、目に入れても痛くないほど可愛がっている。たとえそこに燃え上がるような情熱的な愛がなくとも、(の母親に熱狂的な愛を向けられ悩まされたオズにとっては特に)好ましい伴侶に思えるだろう。慈しむ子どもたちに幸福な未来の可能性を見出せば、全力で応援するに違いない。そう、世界最強の魔法使いが。全力で。
「…………」
「…………」
 稲妻を操る冷血魔王が教会で男泣きする姿でも想像したのだろうか、彼に湖一杯でも足りないほどに苦汁を飲まされている約三名のうち二人が黙り込んだ。もう一名はそもそもこの剣呑な恋バナの元凶でありこの場にはいないが、もしいれば同じ顔をしていただろう。
「却下」
「あの野郎が嬉し泣きするところなんざ、気色悪くて見たくねえよ」
 オーエンもブラッドリーも、心底不愉快なものを見たとでも言いたげな顔で黙り込んだ。オズという舅がいて、果たしてアーサーは婚期を逃さずにいられるのだろうか。散々冗談を言い合ったところで何だが、実際のところはヒースクリフやアーサーたち王侯貴族とは結婚に至らないだろう。オズに次いで魔力も悪名も高いミスラの養い子である上、本人の持つ雰囲気は言っては悪いが正妃というより愛妾や寵姫のそれだ。物凄く失礼な印象だが、清楚な化け物というか、儚い魔物というか、清く危うく美しいというか。あけすけに罵ってしまうと良妻賢母より傾国の姫君に寄っている。濡れたような色気を放つ美青年であるミスラの影響をもろに受けて育ったせいなのか、人間離れして侵しがたい愛らしさの内に燻るのは血臭を纏わせる獣性だ。王子様や貴公子と太陽の下で、皆に祝福されるような婚礼を挙げることはないだろう。交換日記程度なら問題ないだろうが、うっかり双方血迷って恋仲にでも進展してしまえば泥沼になる。確実に。誰が悪いというわけでもなく、ただやミスラのような美しいけだものは一般社会にあっては愛憎劇を引き起こしてしまう存在なのだろう。ヒースクリフやアーサーとの恋愛は、実現しないとわかっていて酒の肴にされただけのようだった。
「――では、うちのクロエなどいかかでしょう? 甘酸っぱくて青い春になることは請け合いですよ」
 意外なことに冗談に乗ってきたのは、こちらも傾国代表選手権にシードで出場できるであろうシャイロックだった。の恋愛相談には基本的に傍観を決め込んでいるバーのマスターは、夜めいた玉貌に笑みを浮かべる。が寵姫属性であるとするなら、シャイロックは未亡人属性であろう。
「彼は洗練されていて感性豊かですし、西の魔法使いの中では慎ましく穏やかで初心で可愛らしい。手を繋いで夕暮れの菩提樹の下で内緒のキスをするような、愛らしい恋になると思いますよ」
「シャイロック、いいの? それ……」
「おや、賢者様。まるでけだものの檻の中に子兎を投げ込む調教師を見るような目でご覧になるのですね」
 クロエはあまりにも『普通』に近いところを生きてきた青年なのだ。温厚ではあるが魑魅魍魎の貴族社会を生き抜いてきたヒースクリフやアーサーとは違い、迂闊に北に近寄っては食われてしまいそうなところがある。は喩えるのなら人型の猛獣が非常食にしている小動物だし、彼女自身小動物ではあっても草食動物ではない。あれでいてクロエがしなやかな強さを有しているのは知っているが、ある意味ヒースクリフよりも北の面々の前に突き出すのは可哀想だ。魔法使いの縄張りの隙間で人間が生きていくことが当たり前の北と、魔法科学の力で人間が魔法使いに対する畏れを失くした西。どう考えても相容れないし、クロエはをお気に入りの人形のように可愛がりながらも時折神話の獣を見たかのように怯えた顔をすることがあった。けれど、二人は近しいところもある。西の中では群を抜いて控えめで気遣いができて協調性があるけれど、東の中では鴉の群れに迷い込んだ金糸雀のように異物とわかってしまうクロエ。北の中では良識的で厭戦的で優しいけれど、南の中では羊と並んだ狼のように浮いてしまう。クロエは雪の妖精のような女の子をとても気に入っているし、は御伽噺よりもずっと想像を超えた衣装を生み出し与えてくれるクロエのことが好きだ。性格も価値観もまるで異なっているからこそ、新鮮味に溢れて刺激の多い楽しい恋になるだろう。
「西なんて、土地も人間もくすんでてつまらないと思うけど」
「人間どもがでけえ面してる国だろ? 夕暮れどころか三歩歩いたら我慢できなくて帰ってくるんじゃねえのか」
は愛らしいが、わりと怪獣じゃからのう」
「悪意も害意もなく人間の鼻っ柱と煙突をへし折って帰ってくるじゃろうなあ」
「みんな、いつからちゃんの小舅になったんですか?」
「あなた方に恋愛方面でダメ出しをされる日が来るとは、人生は思いもよらぬ驚きに満ちていますね」
 シャイロックが笑顔の下にさらりとした毒を混ぜるが、先に彼の国を貶したのは自分たちであるということもあり北の彼らが食ってかかる様子はなかった。シャイロック自身、美しさを失った西の国には思うところも多いようだが、他国の人間に言われるのはまた複雑なところもあろう。クロエというよりは西の国にを嫁に出すということが面白くないようだが、彼らはの小舅か何かなのだろうか。殺し合いの絶えない仲のわりに、彼らは妙に同郷意識が強い気がする。賢者の疑問には、双子だけ「我らはおじいちゃまじゃ」と訂正をしていた。
「じゃあ、南は……」
「俺なんてどう?」
 いっそここまできたら全国制覇だろうと賢者が口を開くと、ひょいっと新しい声が会話に加わる。賢者の背後から顔を覗かせたのはフィガロで、が四苦八苦しながら飲んでいたモンスタードリンクを自然な手付きで取り上げてぐいっとひと息で呷った。
「うわ、フィガロ……」
「『南の善良なお医者さん』が首突っ込む話じゃねえぞ」
「え? の恋愛相談でしょ? 俺すっごく適任だと思うけど」
「おぬしだけは近付けてはならぬ、の間違いじゃな」
「…………」
「えっ、? なんで賢者様の後ろに隠れるの」
「……ミスラが、近づいちゃだめって、」
 ミスラから与えられた魔法具が、心做しかいつもよりひと回り大きくなっている気がする。ミスラの言うことにはとても従順だから、近づいた途端人喰いぬいぐるみが牙を剥きかねない。シャイロックや賢者たちを巻き込まない思いやりはあっても、シャイロックの店を巻き込まない良識はにはない。人喰いぬいぐるみとその標的フィガロの間に挟まれる恐怖を抱きながらも、賢者はがぬいぐるみを使わないように背に庇った。
のそういうところ、すごく好みなんだよなぁ。従順だし、素直だし、健気だし、尽くすタイプだし」
「フィガロ、ちゃんのおじさまを自称してませんでしたっけ」
「かっこいい年上のおじさまとか、恋を教わるには良い相手じゃない? 手取り足取り恋愛の全てを教えてあげるよ」
「食いもんにされて終わりだろ」
「おぬしだけは論外じゃな」
「フィガロに遊ばれて雑巾みたいに捨てられたら笑ってあげるよ、
 総スカンである。フィガロはに対してオーエンとは別の意味でミスラの弱味になることを期待している節があるし、「色々便利そうだよね」とを見て言っていたことがある。チレッタが望まないことはしないとは言っていたが、正直あまり信用できないのだ。「フィガロにとっての利点は何ですか?」と賢者がお付き合い(仮)におけるメリットを尋ねると、それは良い笑顔でフィガロは答えた。
「後腐れがないとこ」
 語尾にハートマークでもつきそうな声音だった。場の空気が凍ったことに気付いていないのか気にしていないのか、フィガロは指を立てて言葉を続けていく。
「遠くないうちに石にされるなら、拗れても面倒なことにならないだろ? 保護者がミスラじゃ、別れ話に殴り込みとか直談判とかないだろうし。ひとりならいくらでも丸め込めるから、穏便に解決できる」
「…………」
「顔も身体もすごく好みだし、なら俺に本気になってのぼせ上がることもない。とても楽しいお付き合いになると思うんだけど、どうかな?」
「……いや、『どうかな』じゃないですよ!?」
 ガタンと立ち上がった賢者は、を抱えて双子の後ろに隠れた。双子とシャイロックがフィガロに向ける眼差しは極寒である。ブラッドリーも心底呆れたような顔をしていたし、愉しそうなのはオーエンくらいなものだ。幼気な十七歳を大人の手練手管で転がす気満々である、恋愛を学ぶというより弄ばれに行くようなものだ。体目当てと言われた方がまだマシだ。恋を知らないという存在の全てを食い散らかして捨てる気しかない。ここまできたらいっそ潔いのかもしれないが、どのみち最低だ。どうして賢者がドン引きしが怯えているのかわからないらしいフィガロに、くすくすと笑いながらオーエンが口を開いた。
「ねえ、お医者様は知らないよね。僕が殺されても、死人を診る医者なんていないから」
「どういうこと?」
「教えてあげようか。僕は親切だから、フィガロが殺されないように忠告してあげる。を泣かせたくらいじゃミスラはどうとも思わないと勘違いしてるなら、楽しいことになりそうだって」
 そういえば、オーエンはを泣かせてミスラに殺されかけている。が振られようが泣こうが恋愛ごとなど放置するだろうと思われているミスラだが、最近ではそれも怪しいのだ。オーエンにとって「楽しい」ことなどだいたいろくでもないことだとわかっているフィガロは、怪訝そうに眉を寄せた。
、フィガロとお付き合いしてきてよ。泣かされたって言いつけてあげるから」
「えー、ミスラは怒るのか。じゃあやめとくよ」
「穏便にお付き合いする見通しなかったんですか!?」
「見下げ果てた最低っぷりじゃのう」
「最初っからわかってたことだろ」
 ブラッドリーが、琥珀色の液体を呷って肩をすくめる。非難轟々のフィガロは、「良い案だと思ったんだけどなあ」と零して双子に叱られていた。
「……結局、ミスラの隣にいないちゃんって想像できない気がします」
「その逆は成り立たなくとも、ではありますが。彼らが依存という言葉で片付けるのも、理解はできます」
 のノートには、また律儀にメモが増えていた。フィガロは絶対ダメ、と賢者がそこに書き加えておく。何となくだが、今日のふざけた仮想恋愛がミスラに知れたら厄介なことになりそうな気がする。口止め料代わりににちゃんとしたカクテルを奢り、お付き合いのシュミレーションをしたことはミスラに話さないでくれと頼んでおいた。
「その、楽しかったです……こういう、お話も」
「貴女の好きな、物語のようで?」
 微笑むシャイロックに、は頷く。絶対にありえないとわかっているからこそ、絵空事として楽しめた。結婚式で泣くオズを想像するのは、ちょっと面白かった。
「けど、ミスラと『お付き合い』、想像もつかなくて……」
「それなら、絵空事じゃないのかも」
 空想のお付き合いに、ミスラがいないのなら。それはいつか実現しうるからこそなのかもしれない。賢者がそう言うと、はうっすらと頬を染めてはにかんだ。こうしているとまるで恋する少女のようにも思えるのに、とミスラを長く見てきた彼らは依存だと言う。
「聞いてもわからないことばかりですね、人の心って」
「それを知ったなら、賢者様も広大な迷路の地図の一葉を手にしたということですよ」
 双子に説教されるフィガロを酒の肴に、三日目の夜はカクテルの底に沈んでいく。あるいはこの時間こそ、絵空事なのかもしれなかった。
 
200707
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