「これミスラや、今はが入っておるはずじゃぞ」
「つい先ほど、が風呂に向かうところに会うたからの」
女性用の風呂に向かおうとしていたミスラを、双子が呼び止める。魔法舎の男女比は圧倒的に偏っているため、女性陣(というかとカナリア)が使っていないときは男も使っていいということになっているのだが。とはいえ紳士的(或いは面倒くさがり)な者が多いので、なんやかんや騒ぎを起こしつつも皆滅多にそちらを使うことはない。先日ブラッドリーと湯の温度で揉めて双子に叱られたから、人の少ない方を使おうとしていたのだろう。案の定風呂の入り口にはの札が下げられていて、ぼんやりしているミスラは気付かなかったのだろうと双子は思ったのだが。
「……? ええ、そうですね」
不思議そうに首を傾げて、ミスラはそのまま風呂に入っていこうとする。ぎょっと目を見開いて、双子はミスラに飛び付いた。
「いやダメであろう!?」
「何を平然と入っていこうとしておるんじゃ!」
「中にいるのはだけでしょう?」
「「がいるからダメなんだけど!?」」
「何が問題だって言うんです」
面倒くさそうに、ミスラが頭をかく。体格のいいミスラを子どもの体で止めることは無理があるため、魔法を使って押し留める。ため息を吐いて、ミスラは双子を見下ろした。
「別に大したことじゃありませんし、も驚きませんよ」
「大したことあるから!」
「驚くし困るじゃろう!?」
「今更驚いたり困ったりしないと思いますよ。二歳の頃からを風呂に入れてやってたのは誰だと思ってるんですか」
「お風呂に入れてあげてたんじゃな……」
「適当に放り込んで溺死寸前の子育てかと思っておったぞ……」
「「……じゃなくて!」」
事実適当に放り込んで溺死しかけたことがあったから小さいうちは見てやっていたという経緯を聞けば双子は先ほどの感心を取り消すのだろうが、さしあたって重要なのは子どもの頃ならともかく今のと風呂に入るのはいけないということである。けれどそれを言い募っても、ミスラにはピンと来ないようで。
「結局、何がダメなんです?」
「年頃の女子の肌をみだりに見るものではないぞ!」
「裸がダメってことですか? 今更だと思いますけど……」
「今更じゃと!?」
「熱を出したりしたときは俺が着替えさせてますし、その辺で水浴びするときに仕切りなんてありませんけど」
「着替えはともかく、魔法で見えないようにとかしなさいよ……」
「見えないところに置いたら危ないじゃないですか、あれを俺の弱味と勘違いしているのが何人もいるんですよ」
意外にちゃんと面倒を見ているらしいことがわかったのと同時に、本当にまともな教育環境ではないと呆れる。南の兄弟に対する強引な安全管理はを育てた経験からだったのかと肩を落とした。ミスラに庇護されているを、ミスラの弱味だと勘違いしている者は少なくない。確かにミスラはに手を出した者をもれなく火山の火口か人形の腹に送っているが、単に自分のマナ石を奪おうとした者への見せしめである。元よりの石を欲しているミスラに、の命が盾になるはずもなかった。それはともかく自分の目の届かないところでが石になるのを厭うミスラは、の尊厳や恥じらいなどまるで無視して安全管理に努めてきたのだろう。その過程での肌を見ることに何とも思わなくなったあたり、まことにミスラであるとしか言いようがないのだが。
「とにかく、いかんものはいかん!」
「に気を遣わなければならない理由がわからないんですが……俺は早く風呂を済ませたいんですよ」
「おぬしは本当に他人に合わせるということを知らんのう……」
自分が風呂に入りたいときに入ること以上に優先するべきことはないと、どこまでもミスラはミスラである。懇々と双子が貞淑を守ってやることの大切さを説くが、貞淑の概念は理解していてものそれを守ってやることと結び付かないようで。それでもこれだけきゃんきゃんとやり合っていれば時間は経つもので、ひょこっとが不思議そうな顔をしながら顔を出した。ほかほかと温かそうな湯気が微笑ましく、珍しく血色の良くなった頬が動く。
「ミスラ、双子様」
「おお、や」
「きちんと温まったかの」
「はい、ありがとうございます」
が出てきたのならもういいだろうと、ミスラはさっさとと入れ違いに中に入っていく。後で説教だと思いつつも、ミスラに似て自身に頓着しないが湯冷めしないようにと双子はに駆け寄った。少し水気の残っている髪を撫で、魔法で水気を飛ばしてやる。恐縮しながらも礼を言うは、純真で愛らしい。の身を大切にしてやらねばとすっかり保護者の目線でいた双子に、はきょとんと首を傾げた。
「双子様、ミスラとお話、していらしたんですか?」
「あやつがそなたのいる風呂に平然と入っていこうとしたからのう」
「さすがに止めなければなるまいて」
「……? ……!」
双子の言葉にしばし呆気に取られたような顔をしていたは、何かに気付いたようにハッとする。その様子に嫌な予感を覚えた双子だったが、努めて優しくの言葉を促した。
「どうしたのじゃ? 」
「ゆっくりでいいから、話してみるといい」
「……その、一緒に入るの、もしかして変ですか……」
「…………」
「…………」
「…………」
「未遂ではなかったか……」
「既に過ちを犯した後じゃったか……」
肩を落とした双子の前で、が真っ赤になって顔を覆う。自分とミスラがあまり「普通」の生活をしていない自覚のあるは、こうして自分がおかしなことをしているときは直そうと尋ねることのできる健気さがあるのだが。が入っているときの女湯ならまずブラッドリーたちと鉢合わせることがないという理由で、ミスラは何度か入ってきたことがあるらしかった。ミスラとの二人のときに揉め事や騒ぎは起こらないので、ミスラが静かに風呂に入りたいのならと疑問に思わず受け入れていただったが。それがいけないことだったのだとわかって全力で落ち込むの肩を、両側からスノウとホワイトがぽんと叩いた。
「ミスラが入ってきたら、出ていくようにします……」
「違うのじゃ、」
「出ていくべきはミスラなのじゃ」
そこで自分が出ていこうとするのが、の可愛らしくも困ったところである。優しく諭す双子だったが、は常識を知ってもミスラに合わせようとするだろう。それはもう、二人の関係性がアレとしか言いようがないのだが。ひとまずはミスラがのいるときに風呂に入らないようにお仕置きするのが先だと、双子はミスラのいる風呂へと踏み込んでいったのだった。
200624