この人たちが仲良く遊んでいるのは珍しいな、とミスラに呼ばれて来たは呑気なことを思う。この学園にいくつもある隠し扉のうちひとつ、主に元不良校の生徒が根城にしている空き教室もといサボり部屋だ。照明は暗く、勉強をするのには向いていない。円卓を囲んでカードゲームに興じているらしいのは、ミスラとオーエンとブラッドリーだった。ニコニコとカードをシャッフルしているのは、学園内では珍しく大人の姿をしている双子で。
「よく来たのう、」
「まあ、そこの椅子に座るがよい」
「? はい、」
ポーカー、をしているのだろうか。双子はディーラーらしい。ひとまず眺めていろと言われて、は双子の指した椅子に大人しく腰掛けた。不思議そうにしているの様子に、くつくつとオーエンが嘲るように笑う。
「何も聞かされてないのに来たの? 健気だね」
「忠犬にもほどがあるだろ」
「持ち主の言うことは聞いて当然でしょう」
フォルモーント学園で「関わるな」と真っ先に教えられる三人が、カードを手にしてに視線を向ける。嗤うオーエンと、うんざりしたようなブラッドリー。そして、いつも通りがそこにいることを当然という目で見ているミスラ。何かあるのだろうかと双子を見上げると、二人はシャイロック教頭に勝るとも劣らない妖しい笑みを浮かべた。
「実は、ある賭けをしておってな」
「おぬしを呼んだのもそのためじゃ」
「はあ……」
「ミスラが負けたら、僕たちの目の前でと寝てよって言ったんだよね。写真に撮って脅してやるから」
「はあ……」
「……ミスラみたいな反応しないでよ」
もっと面白い反応が見たかったと、オーエンはつまらなさそうにカードを弾く。呆れたような顔で、「ミスラの弱味にはなるだろうけどよ」とブラッドリーは吐き捨てた。
「俺はンなもん見る趣味はねえし、ミスラもあっさり条件呑んでんじゃねえよ」
「だって、別に困りませんし」
「何? いつも誰かに見られながらシてるの?」
「馬鹿なこと言わないでくださいよ、は処女ですけど」
「は?」
ミスラ以外の全員が、驚いたような顔でを見る。オーエンたちの会話の意味もなぜ彼らが驚いているのかもわからないは、きょとんと首を傾げた。
「道理で危機感のねぇ返事なわけだ……」
「ミスラちゃん、そういう趣味だったの?」
「何も知らない子に興奮するとか、そういう系?」
「うわ、いい趣味してるね」
「何を勘違いしているのか知りませんが、俺とはそういう関係じゃありませんよ」
辟易としたようなミスラの顔を見て、また恋人か何かと勘違いされていたらしいとは納得する。オーエンたちや双子にまでそう思われていたことは少し意外だったが、は単なるミスラの所有物だ。彼女だとか恋人などでは、ない。
「んな相手をバカみてえな賭けの担保にすんじゃねえよ……」
「どうせ俺が勝つのに、負けたときのことなんて考える必要がありますか?」
「……あぁ?」
「……何?」
ワントーン低い声で凄み、ブラッドリーとオーエンがミスラを睨みつける。はといえばミスラと全くの同意見だったので、どうして二人が怒るのかわからなかった。負けたときの対価は自分も払わせられるらしいが、そもそもミスラは負けないのでここでのの役目などただ座っていることだけだ。
「えぇー、我らワンチャンあると思って手伝ったんだけどー?」
「ジジィ共、そんなにこいつらが致してるとこ見てぇのかよ」
「いや、どうせなら致すときに我らの作った服をに着てもらおうかと思っての」
「ミスラはの撮影の許可を出してくれんからのう、いっそこれを機に『禁欲的なのにエロティックなお人形さん』をコンセプトに売り出していこうかと」
「うわ、絶対見たくないけど買ってあげるよ。オズに送り付けてやる」
好き勝手騒ぐ双子たちに、ミスラがどうでもよさそうにため息を吐く。背もたれに体重をかけて、天井を仰ぐように椅子を傾けさせた。
「どうでもいいですけど、オーエンもブラッドリーも自分の賭けたものを忘れないでくださいよ」
「さあ、何だったかな」
「もう勝った気でいやがるのかよ」
「ブラッドリーは縄張りの一等地、オーエンは有名パティスリーの年パスですよ」
「俺の縄張りはともかく、菓子屋の年パスなんざお前が使うのか?」
「に渡します。ああいうの好きでしょう、女って」
「…………」
「…………」
「「…………」」
「……あ、はい。好きです……たぶん」
「は気を遣えていい子じゃのう……」
「我らもお菓子をやろうな」
「お前、本当に不憫なやつだな……」
「ねえ。たとえミスラが勝ったとしてもお前たちにあげるの、すごく無駄な気がするんだけど」
「うるさいですよ、さっさと手札の交換を済ませてください」
周りを急かしつつ自分も手札を交換に出そうとしたミスラは、突然スノウの腕をガッと掴む。「何をするのじゃ!」と抗議するスノウの袖口から、パラリとカードが落ちた。テーブルに落ちた何枚ものカードに、円卓に沈黙が降りる。
「…………」
「イカサマは無しでしたよね、スノウ」
「そ、そうじゃの。おぬしらにイカサマを認めるとまともなゲームにならんからの」
「あなた、ブラッドリーに賭けてましたよね。ホワイトはオーエンに」
「そうじゃったかなー?」
「ところで昨日、事務所のパソコンでを売り出す企画書と予算案を見たんですが」
「なぜおぬしがそれを知っとるんじゃ!?」
つまるところ、オーエンでもブラッドリーでもいいからミスラを負かせば双子はおいしいところを持っていくはずだったという話である。「我らのお人形さん企画が……」と項垂れる双子も、の味方のような顔をしてやはり最低であった。
「ディーラーが反則で失格なんですから、ちゃんと全員に対価をくださいよ」
「わ、我らの対価って何じゃったかなー」
「俺との単位と内申ですよ」
「僕も単位と内申」
「俺もだな、ついでに出席日数もだ」
「やだこの子たち、いつの間にこんなに強かになって……!」
「真面目に授業に出るということを覚えさせようと思ったのにのう……」
「心にも無いことを言わないでよね」
「ちゃんと改竄してこいよ」
全員、賭けの目的は最初から単位だったのだろう。ディーラーがいないからゲームは終わりだと言い捨てて、カードを片付け始める。双子はここの教師ではないが、生徒のふりをして潜り込んでいる時点で色々と融通をきかせている。生徒四人の成績の改竄など、朝飯前だろう。普段は彼らに言うことを聞かせるために単位を報酬にすることもあった双子だが、それを逆手に取られて慄いていた。疲れたように首を回したミスラが、をひょいっと抱え上げた。
「俺は寝ます。枕になってください」
「はい、」
「……雰囲気が十八禁なんだよな、お前ら」
を抱えて、ミスラが部屋の隅にあるソファに転がる。ぞろぞろと皆が部屋から出ていく中で、ブラッドリーが首だけ振り返って呆れたように片眉を上げる。ミスラはそれに対して何も答えず、うるさそうに手を振った。ガチャリと隠し扉が閉められ、部屋の前から気配が消える。とあることだけずっと気にかかっていたは、の頬を撫でて遊ぶミスラの指に触れて問うた。
「ミスラ、『しょじょ』って何ですか?」
「…………」
に問われたミスラは、暫し黙り込んで指の動きを止める。ややあって、の顎を掴んだミスラは『いつものように』噛み付くように唇を重ねた。
「んッ……ふ、」
くちゅくちゅと、長い舌が勝手知ったるとばかりに口内を荒らす。顎を掴んでいない方の手がスカートの下に潜り込んで、するりと脚を撫でた。呼吸を奪うように、喰らいつくように深く長く口付けられる。ぽやっとの瞳が溶けた頃に、ミスラはちゅぷっと音を立てて唇を離した。
「……俺と、こういういやらしいことをするようになる前ののことです」
「……あれ、ミスラ、嘘……です……?」
「わざわざ人に言うことでもありませんよ。特にあの人たちには」
しれっと嘘を吐いたミスラは、「あなたが無知なことだけは本当ですよ」との唇を拭った。てらてらと唾液に光る唇は、グロスやルージュなどより生々しい。
「ミスラ、『こーふん』しますか」
「……まあ、それなりに」
彼女だとか、恋人などではない。それは本当だ。はミスラの所有物で、ミスラの気の向いたときにはいやらしいことをしていて、そしてはその意味をわかっていないし、ミスラはそんなに少なからず興奮を覚えている。の腰を掴んで、寝そべる自分の上に跨らせて。規定通りの丈のスカートを捲り上げると、黒の布地と白い脚のコントラストが目の毒だった。
「俺の所有物で、他の男を興奮させる趣味はありませんよ」
「?」
「あなたの持ち主は俺だってことです」
何だそういうことか、とは納得する。はミスラのものだ。今までも、これから先もずっと。恋人でも彼女でも、何なら妹や家族でもないけれど。ミスラはの持ち主で、はミスラの所有物だ。それだけわかっていれば、きっと充分だった。ミスラがの腰をぐっと抱え込み、倒れ込むようにしてはミスラの胸に頭を埋める。この部屋で致す気はないのだと、言われずともわかった。
「」
今日は抱きまくらというより、掛け布団になっている気がする。の腰に手を回して目を閉じたミスラは、耳元で囁くようにを呼んだ。この声に、ずっと心臓を掴まれている。今までも、これから先もずっと。ただそれだけの、関係だった。
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