「ブラッドリー、スノウ様、かっこいい、です」
「はっ、見る目があるじゃねえか」
「おぬしは本当に素直で良い子じゃのう」
特別なシュガーを恋によって生み出す魔女、オリヴィア。彼女から「オリヴィア・レティシア」を手に入れるために装いを変えた魔法使いたちに、はきらきらと目を輝かせた。クロエの参考になるだろうかとスケッチブックを取り出したを、いつものようにスノウが撫でようとして。ふと、手を止めた。
「?」
「……愛らしい君よ。君の描いた絵の中の我を、嫉妬で燃やしてしまいたい。君の瞳に見つめられるのが、紙の上の我だなんて」
「……!?」
練習台にでもしているつもりなのか、スノウがの髪を指先で掬い上げて囁いた。心臓が飛び出るほど驚いて真っ赤になったの手から、スケッチブックがぽろりと落ちる。それを軽々と空中でキャッチして、ブラッドリーの大きな手がの手を包み込んだ。
「氷の王女様、あんたをさらって行こうか。どんな恋物語よりもあんたを溶かす、熱情の中に」
「……! ……!!?」
からかわれている。全力で遊ばれている。真っ赤になったは、脱兎のごとく逃げ出して賢者の背後に駆け込んだ。くっくっと楽しそうな笑い声を上げて流し目を送ってくる二人から目を背けて、ぺちぺちと赤くなった頬を抑える。微笑ましそうにしている賢者の後ろで熱を冷ましていると、アーサーがオズの手を引いて駆け寄ってきた。
「、オズ様がかっこいいぞ!」
「アーサー……」
何かと思えば、いつもと違う格好をしたオズをに見せたかったようで。見せびらかすような大したものではないとアーサーを制止しようとしたオズは、雪の造花のごときかんばせがふわりと相好を崩したのを見て言おうとしていた言葉を飲み込んだ。
「……珍しいか」
「あ……は、はい、オズ様……」
「オズ様はかっこいいだろう」
「はい、かっこいい、です……アーサー様も」
賢者の後ろから出て、きらきらと淡く瞳を輝かせてがオズとアーサーを見上げる。普段の装いとはまるで空気が違うから、新鮮で。アーサーがかっこいいと言わせているかのようで気になったオズだったが、自身と同じ色をしたその瞳はあまりに雄弁に憧れや尊敬を浮かべていて。嘘偽りのない純粋な感情にふっと口元を綻ばせたオズは、双子の痴話喧嘩に巻き込まれてからずっと眉間に寄せていた皺を緩める。そのままの頭を撫でようとしたとき、ひょいっとその首根っこを掴んで持ち上げた腕があった。
「ミスラ……」
「…………」
「どうしたのだミスラ、そんなふうに持ち上げてはが苦しいだろう」
「……あなた、俺のことかっこいいって言ってませんでしたっけ」
アーサーがの持ち方に抗議するが、ミスラはそれを無視してに問いかける。無視されたアーサーよりオズの方が憮然とした顔をしていたが、ミスラはそれも眼中に無いようだった。
「は、はい」
「なんでオズに言うんですか」
「か、かっこよかった……ので……」
「俺に言ったのに?」
「でも、オズ様、かっこいい……です」
「どこが」
「お洋服、似合ってて……」
の言葉に、服装など確実に気にかけていなかったであろうミスラがオズを見た。不躾にじろじろと眺め回し、「ああいうのが良いんですか?」と首を傾げる。
「その……えっと、」
「、ゆっくりでいい。それとミスラ、彼女を下ろしてやってくれないか」
「……ミスラ、下ろせ」
言い淀むの腕を、ぽんぽんとアーサーが叩く。アーサーとオズに再度を下ろすように言われ、面倒くさそうな顔をしながらもミスラはを持ち上げていた腕を下ろした。首根っこは、掴んだままではあるが。
「いつもと違うのも、かっこいいなって、」
「……俺も何か違う服を着ましょうか」
「……え」
驚きに目を丸くしたのは、だけではなかった。ミスラに向けた褒め言葉をオズに向けられたのがよほど気に食わなかったのか、いつもと違う装いなら自分がするからそれで満足しろとでも言いたげな言動である。ぱしぱしと瞬きするだったが、目の前のミスラは幻覚ではなく現実だった。
「ああいうのを着れば満足ですか」
「しかし、それでは普段のミスラとそう変わらないのではないか?」
悪い男がテーマなのだ、とアーサーは小首を傾げる。さらりと普段からミスラが悪い男だと言っているようなそれは受け取りようによってはものすごく失礼だが、ぼんやりとしたところのあるミスラは気にしていないようだった。確かに、部屋に集まった彼らの装いは北の魔法使いのそれに近い。ミスラが着ても多少柄が派手になる程度で、雰囲気はいつもと変わらなかった。
「ミスラが普段着ないような服装はどうだろう? 、おまえはミスラにどんな格好をしてほしい?」
「え、えっと……」
「…………」
「……普段の、オズ様みたいな……」
顔を赤くしてぬいぐるみに顔を埋めたに、ミスラは苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔をした。理想のタイプと実際好きになるタイプは異なるというのは賢者の世界でよく言われることではあるが、もその例に漏れず幼い頃からの憧れのオズに好みが寄っている。よりにもよって自身が辛酸を舐めさせられている相手に憧れているに育て親としても連れ合いとしても大いに微妙な気持ちであろうが、言ってしまったものは仕方がない。今にもオズの普段の服を消し炭にしかねないミスラだったが、引き攣った顔でをまた持ち上げた。
「〈アルシム〉」
「あ、行ってしまった……」
「余人に見せたくないのだろうな」
放っておけと、オズは肩をすくめる。今頃ミスラは自室あたりでに希望通りの装いを見せてやっているに違いない。オズへの対抗意識だけでそこまでしてのける心情は、あまり理解できないが。は心底驚きながらも喜ぶだろうから、が幸せなら良い、のだろうか。それにしても自分のような服を着たミスラを想像するのはゾッとしないと、オズは眉を顰めたのだった。
200707