「もう戻るのは諦めて、クリーニングに出した方がいいのかな……」
 部屋の化粧室で裾を持ち上げて染み抜きに勤しんでいただが、元々黒い生地に炭酸飲料の染みでは汚れが取れているのかどうか良くも悪くも判別がつかない。裾を綺麗にしたら会場に戻って挨拶回りを続けるべきかと思っていたけれど、もう諦めて着替えてしまった方がいいだろうか。あの男にだいぶ時間を取られたとはいえ、大半の取引先とは顔合わせを済ませている。戻ったところでまたあの男に絡まれて今度こそ騒ぎになっても面倒だと、は小さく嘆息した。ドレスの裾を持ち上げていた手を離して顔を上げれば、鏡に映った自身の背後にいつの間にか弟が立っていてぎょっと肩を跳ねさせ振り返る。「び、びっくりした……」と胸を押さえて後ずさるに一歩詰め寄り、エンカクは「あの男」との反応を無視して告げた。
「純血のサルカズの『鑑賞』が趣味らしい。次からも近付くな」
「わ、かった……調べるの、早いね……?」
「お前が能天気すぎるんだ」
 更に一歩詰め寄ったエンカクに、もう後ずさる場所もないは洗面台に手を付いて顔を逸らす。こんな仕事に付き合わされて不機嫌になっているのかと思ったが、弟の表情からは怒りも呆れも読み取れない。かといって楽しそうなわけでもなく、今日ずっと助けてもらっていた身とはいえ居心地が悪いのは確かだった。
「……ひゃっ!?」
 唐突に脚のスリットから手を突っ込まれて内腿を撫でられ、は思わず裏返った声を上げて仰け反る。温かい手の感触が生々しくて耐えられず、ストッキング越しに伝わる熱を払い退けようとしたが軽くいなされて。
「座っていろ」
 腰を両手で掴んでひょいっと持ち上げられ、洗面台に腰掛けさせられる。も身長はある方で決して軽くはないはずなのに、弟はいつも軽々とを扱う。そのままの脚を掴もうとするエンカクに、これは良くない雰囲気だとさすがのも察して制止しようとするが。酒のかかった方の足首を掴んで持ち上げられ、ストッキングの上からざらりと舌を這わされる。もう拭った後のはずなのに、余さず痕跡を舐め取ろうとするかのような舌使いにぞわぞわと背筋が粟立つ。「やめて」と震える声で懇願しても、その程度で弟が止まってくれるはずもないことは知っていた。
「やだ、エンカク……」
 足首を掴まれているせいで、下手に身動きができない。洗面台に座らせられているという不安定な体勢もあって強く抵抗できないのをわかっていて、弟はの制止を無視するのだ。もっとも、弟に言わせれば「まともに抵抗できた方がお前にとっては危ない」らしいが。いつもこうして結局流されるように強く抗えずにいるのに嫌だと言うのは滑稽な気もして、けれどとて流されたくて流されているわけではない。ロドスなら良いというわけではないがここは出先のホテルで、服も借り物で、パーティーを抜けたとはいえ一応仕事の途中のはずで。元々合意などあった試しがないけれど、さすがに今この状況ではいつも以上に抵抗感が強い。嫌々と首を振ってせめてもの拒否を示すが、エンカクは意にも介さず足を掴んでいない方の手をの背中に回す。ドレスの大きく開いた背から手を突っ込んで脇腹をつつっと撫で、「ひあっ」と上擦った声を上げたを見て愉しそうに笑った。
「お前も乗り気じゃないか」
「ちが、う……ッ、」
 肌を撫でられるたびにぴくんと震える様を見て、くつくつと笑いを零される。そもそもこんなふうにに触れるのもエンカクだけで、触れられることに反応する体にしたのもエンカクなのに。それはそれで恥ずかしいことを考えているのには気付かず、は笑うエンカクに恨めしげな視線を向けた。散々舐め回して気が済んだのかようやく足首を離されたかと思えば太腿を掴まれて、はその手を振り払うように脚をばたつかせる。ヒールがカツンと何かに当たった衝撃にハッとして固まるが、弟はやはりどこか愉しそうにを見下ろしていた。
「そこで止まるからお前は甘いんだ」
「……っ、」
 どうやら、弟の頭を蹴ってしまったらしい。けれどエンカクが責めたのは、蹴ったことではなく蹴ったのに気付いて抵抗を止めてしまったことだった。「だって……」と意味のない言い訳が口から零れるばかりで、カタカタと体が震えるのを抑えるので精一杯になってしまう。「まともに抵抗できた方が危ない」という弟の言葉の意味を、理解してしまった気がした。大した力ではないとはいえ頭を蹴られたというのに、弟の目は愉しそうにギラついている。エンカクがそんな顔をするのは、もっぱら戦場だと知っているから怖かった。下手に必死に抵抗すれば、弟の加虐心を刺激してしまう。そしてが仮に死に物狂いで暴れたところで、弟には敵わない。そも、エンカクがその気で押さえつければは抵抗などできないのだ。こうして手足をばたつかせる余地があるのは、エンカクがそれを愉しむために許容しているからで。無理に足掻いて手酷く犯されるか、抵抗を諦めて優しく犯されるかの違いしかないのに。酷い目に遭うのが怖くて大人しくしていれば、まるで合意の元の行為のように弟は揶揄する。力で勝てないには最初から選択肢など無いのに、「抵抗しなくていいのか」などと煽るのだ。容易く抑え込めることをわかっていて抵抗するように促すのは、弟にとっては前戯のうちなのだろう。弟の嗜虐心を満たすだけだと知っていても無抵抗で受け入れることなどできず、かといって本気で暴れようとしてもその愉しげな目を見ると恐怖で体が竦む。中途半端で滑稽で、さぞ愚かしいものに見えるのだろうとわかってはいた。
「そんなに怖いのか?」
 ぽろぽろと泣き出したをあやすように、けれどどこか淫靡な手付きでエンカクは剥き出しの背中を撫でた。ストッキングが破けるか破けないかの微妙な加減で、内腿に噛み付いて痕を残す。普段の服であれば隠れる場所とはいえ今のドレスでは人目に触れるかギリギリの場所で、「痕、つけないで……」と弱々しく懇願するにエンカクは喉奥で笑っただけだった。この数週間、行為を迫られるたびに痕だけは残さないでほしいと必死に縋ったことを思い出したのだろう。いつもは病的なまでに噛み痕やら鬱血痕やらをつける弟が、今日まではひとつも痕を残さずにいてくれて。そもそも露出の多いドレスに抗議して他のものを選ぼうとしたのに、「着ないなら見える場所に痕をつけるぞ」と脅したのも弟だったけれど。エンカクの方はもう初めから戻る気も無いのか、の言葉を無視して肌を強く吸い上げる。弱いには選択権など無いから、泣いて懇願して弟の気まぐれな優しさを乞うしかない。従順にしている限りは酷いことはされないけれど、それはの嫌がることをしないという意味ではなくて。より酷い目には遭わないという、それだけのことに過ぎない。きっと、もう諦めて流されてしまった方があまり怖い思いをしなくて済む。ぎゅっと唇を噛み締めて、は腕で顔を隠した。

「ん、ぅ……」
 ずちゅ、と奥を突かれるたびに背筋に甘い痺れが走る。弟の大柄な体格に見合ったソレは大きくて、上背はあっても華奢なにはいつも少し苦しい。子宮を押し上げるように突き上げられて、圧迫感と不本意な快感が混ざり合って胎を満たしていく。洗面台に手をついて立たされたの腰を掴んで、エンカクは背後からを犯していた。ドレスはスリットを境に大きくはだけられ、ずり下げられただけの下着とストッキングが脚を動かせる範囲を狭めていて。ピンヒールで律動に耐える脚も、上体を支えている腕も、ぷるぷると震えてとっくに限界など超えている。それでもが倒れ込んでしまわないのは、弟の大きな手ががっちりと両脇から腰を掴んでいるからだった。支えてもらっているというよりは、捕らえられていると言った方が正確だが。仮にも人間ひとりの体を腰を掴んだ手で支えてしまえるエンカクに、改めて男女の差を思い知らされてゾッとした。
「あッ、」
 鼻に抜けるような声が出て、反射的に背筋を反らす。うなじに噛み付かれた回数など、とっくにわからなくなっていた。大きく開いた背中も、結合部から伝う液体で濡れた内腿も、幾度となく吸い付かれてきっと鬱血痕だらけになっている。首や背筋を噛まれたり吸われたりするたびに、きゅうっとお腹の奥が切なく疼いて。それがまるで肌に唇を寄せられることを悦んでいるようで恥ずかしいけれど、きっと弟はそんなの羞恥などとうに見透かしている。イかせたい時はうなじを噛みながら奥をグリグリと擦り上げるのだから、よりずっとこの体が何に悦ぶのか知り尽くしているに違いなかった。
「……~~ッ、」
 ぎゅっと爪先に力が篭もり、声にならない吐息が喉奥から漏れる。閉じた瞼の奥で、ちかちかと星が舞うように意識が遠のいて。ビクビクと震えながら達したのナカはきゅうきゅうとキツく収縮しているのに、弟はまだイってくれない。それどころかの耳元に顔を寄せて、「ちゃんと自分の顔を見ろ」とが目を瞑っていることを咎めた。ふるふると力無く首を振るの腹に片腕を回してがっちりと抱き込み、もう片方の手を白く細い喉に伸ばす。なけなしの理性で声を堪えているその喉を覆うように指を這わせ、少しずつ力を込めてゆっくりと首を絞めていく。蛇のようにじわりと気管を圧迫するその指に、ぞくりと本能的な恐怖が湧き上がって。緩やかな脅しに怯えて目を開けたは、鏡の中の弟と視線が合ってビクッと仰け反った。その動きで自分から奥にモノを押し込むような形になってしまって、圧迫されている喉からくぐもった嬌声が零れる。エンカクが「見ろ」と言った自分の顔は、情けないほど理性が溶けきってぼんやりと惚けていた。
「っ、や……」
「それが嫌がっている顔か?」
 潤んだ瞳も、紅潮した頬も、薄く開いた唇も。エンカクの言う通り、到底拒絶を口にする顔ではないけれど。それでも恥ずかしくて、苦しくて、小刻みに突き上げられながらもはふるふると首を横に振った。「だって、」とほとんど泣いている声で喘ぐの姿は、あえかな花のように頼りない。子宮口の周りをぬちぬちと擦られて、の唇からは甘ったるい喘ぎ声が断続的に溢れる。くたりと茎の折れるように上体を支え切れなくなったが洗面台に伏してしまっても、エンカクは腰を抱える手を離さなかった。上半身が倒れ込んでしまったことで相対的に突き出された尻に、容赦なく腰を打ち付けて。ずんずんと体全体を揺さぶるように、深くまで突き込む。喉を捕らえていた手を離し、細い腰を再びがっちりと捕らえて。「んッ、」と奥を突かれるたびに肩を震わせる姉がナニをされて悦ぶのかなど、エンカクの方が知っている。往生際悪く逃げようとする腰を押さえ付け、イイ場所を容赦なく抉った。頼りないヒールで体を支え続けている脚の震えが、ナカにまで伝わって。痙攣しながらエンカクのモノに縋り付く襞は、ぬるぬると熱く濡れていた。潤んだ内壁を押し返すように膣道を拡げて奥まで押し込むと、深く長い息を吐いては背中を震わせる。こうしてゆっくりと奥まで貫かれるのが好きらしく、良さそうな声を上げてぎゅっと指先を丸めている。素直に感じている様を見せられると、エンカクとしても悪い気はしない。赤い痕が散らばった背中を撫でると、そんなことでも感じるのかまたヒクヒクと膣内が限界を訴えるように蠢き出す。白いうなじも大きく開いた背中も可哀想なほど鬱血痕やら噛み痕やらで埋め尽くされてしまっていて、けれどエンカクはまたそこに唇を寄せては吸い付いて歯を立てた。今日ののドレスを選んだのも髪型を決めたのもエンカクだが、思った以上に目の毒で。アップにした髪が揺れるたびに視界に入るその白さに、劣情をちくちくと刺激されていた。正直なところ、少し趣味に走りすぎた自覚はある。こうして溜まりに溜まった欲をぶつけられている姉に対して、多少なりとも罪悪感はあった。せっかく華やかな美しさを持っているのだから、それを隠さず見せつけてやるくらいの気概を持てばいいとは思ったものの。自分の好みに寄せすぎてしまったせいで、誰の目にも触れさせたくないという独占欲の方が勝る結果になってしまった。姉にしてみれば散々な話だろうが、エンカク自身ここまで抑えが利かなくなるとは思っていなかったのだ。次は姉の友人にでも見立てさせようと考えているあたり、本人のセンスには微塵も期待していないが。姉に選ばせると、喪服かと思うほどに慎ましさが過ぎるのだ。
「……っ、あ、」
 ずちゅずちゅと奥を嬲っていると、華奢な体がぶるりと震えた。断続的に何度も軽く達しているらしく、姉弟でよく似た尻尾がぱしぱしと縋り付くようにエンカクの内腿を叩く。それを捕まえて根元をぐりぐりと親指の腹で擦ると、ぎゅううっと膣内がキツく収縮して悲鳴じみた嬌声が上がった。「やだ」だの「もうむり」だの泣き言が聞こえるが、構わずに腰を打ち付ける速さを上げていく。パンパンと腰がぶつかるたびに愛液やらが飛び散り、あれだけ一生懸命染み抜きをしていたのも無駄になったなと他人事のように思った。買い取りをしてやるくらいの甲斐性はあるつもりだが、姉はどうにも小さいことばかり気にする。これだけ乱れているくせにと苛立ち混じりに深く貫けば、甘えるような泣き声を上げて腰を引かせる。もうろくに動けないだろう体を押さえ付けて、頼りない背中に覆い被さって。引き抜いて打ち付けるたびに気持ちよさそうに震える体が強ばって、いよいよ本当の限界を訴えていた。
「あッ、だめ、……っ!!」
「……は、」
 ぐり、と奥を強く擦り上げれば、は背中を反らして達した。エンカクの方も限界が来て、蠢く内壁の締め付けに抗うことなく中で果てる。どぷりと溢れ出した白濁が太腿を伝って、もう色んな液体で台無しになってしまったドレスを更に汚した。
「……ぁ、」
 ずるりとモノを引き抜くと、姉が名残惜しそうな声を漏らして腰を揺らす。洗面台に突っ伏して呼吸を整えているの姿はまるで犯されたあとのように悲惨で(実際姉との行為はほとんど強姦のようなものだが)、その姿にはゾクゾクと背筋を震わせるものがある。乱暴にならないように丁寧に抱き起こしてやると、紅潮した頬がぴくりと震えた。
「……か…………」
「何?」
「エンカクの、ばか……」
 弱々しくエンカクを睨めつける瞳には、快楽の余韻で滲んではいるものの咎めるような色がある。一応は仕事の途中なのに行為を強いたことや、服を汚したり痕を残したことを怒っているのだろう。けれど珍しく憤りを見せる姉に何を感じたかといえば、どうしようもない劣情で。
「……続きは向こうでするぞ」
「え……?」
 横抱きにした姉を連れて、大股でベッドへと向かう。ツインルームとはいえ十分すぎるほど大きいベッドに、ぽすりと姉を降ろして。いい加減鬱陶しくなってきたジャケットを脱ぎ捨ててシャツのボタンを乱雑に外せば、困惑しきりのの頬がなぜかまた赤くなる。
「……どうした」
「…………な、んでもない……」
「言わないなら酷くするぞ」
 もう十分に酷くしたあとだが、はおろおろと視線をさ迷わせて顔を両手で覆う。消え入りそうな声でが絞り出した言葉に、エンカクは目を見開いた。
「か、かっこよかった、のに……」
 どうやら、自分の正装は姉のお気に召していたらしい。脱いでしまうのか、と惜しむようなその言葉を姉が気恥ずかしく思った理由は理解した。だが、生憎エンカクは姉が恥ずかしがるからとその言葉を流してやるほど優しくはない。口の端を吊り上げて、姉の耳に唇を寄せる。大袈裟なほどビクリと跳ねたは、これを言質にどう虐められてしまうのかと怯えきっているのだろう。
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
 お前も綺麗だと乱れた姿を意識させてやるべきか、こういうのが好みかと揶揄ってやるべきか。耳に口付けて顔を覆う手を剥がすと、言うつもりではなかった言葉を吐かされて泣きそうなと目が合う。本当に、愚かで愛おしい姉だ。何か言い繕おうとしたその口にキスをして、つまらない言い訳を呑み込んだのだった。
 
210111
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