さんの手料理が食べてみたいな」
 ニコニコと期待の目を向けられ、は困った笑顔を浮かべながら何と断るべきか思い悩む。今目の前で笑っている彼は、最近なぜかによく話しかけてくるオペレーターだ。後方支援部の所属で、医療部の備品発注のために言葉を交わして以来こうして話しかけてくれるようになって。それ自体はサルカズのに偏見なく接してくれる良い人という印象なのだが、どうにも柔らかい物腰ながら距離を詰められて戸惑ってしまう。平たく言うとは言い寄られているのだが、壊滅的に察しの悪い彼女は好意にすら気付かず困惑するばかりであった。がその言葉を受けて感じることなど、せいぜいが「どうして私の料理など食べたがるのだろう」「医療オペレーターに食事を作ってほしがるほど栄養管理が苦手なんだろうか」くらいのものである。つまるところ、彼は微塵もに意識されていなかった。そんな哀れな彼といっそ悪質なほど鈍感なのやり取りに居合わせたのは、の弟であるエンカクで。エンカクは鈍い姉と違ってオペレーターが口説いているつもりであることを理解していたし、それが欠片も通じていないこともまた理解していた。その上で、エンカクは「親切」を口にする。
「そいつは料理などできんぞ」
「……えっ?」
 振り返った彼は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。後ろにエンカクがいたことにも気付いていなかったのだろう。自分が何を言われたのか、そしてエンカクがどういう意図でそれを言ったのかを察して鼻白む。なるほどこちらは人並みには察しがいいらしい、とエンカクは口の端を吊り上げた。
「あ、エンカク……」
 弟を見るといつも顔を青くする姉は、今もまた少し青ざめている。自分に言い寄る男との会話にエンカクが口を挟んだことなどよりよほど弟への苦手意識が勝るらしく、つまりそれだけ男のことなど姉にとってはどうでもいいのだとわかってエンカクはうっすらとした笑みを浮かべた。誰に対しても大概鈍さを極めている姉だが、少なくともエンカクの向ける好意は認識されている。数日前から秋波を送っている程度の男が、この姉にエンカクより強く意識されるはずもないのだ。
「……また今度、ゆっくりと話そうか」
「? はい、また」
 どうして男が苦々しげな顔をして立ち去ったのか、は理解していないのだろう。エンカクが放った一言が、「俺はお前などよりずっとこいつを知っている」という優位を示すものであったことも。意中の女について知った口をきく男など、例え血縁者とすぐわかる外見でも面白くはないものだ。そんな言外のやり取りに気付きもしないが、「あっ」と声を上げた。
「もしかして、料理ができないって変……? 普通じゃない……?」
「……傑作だな」
「えっ?」
 あの男の苦々しい表情を、が普通から外れていることに対する反応だと受け取るあたり本当に馬鹿げた話だ。この女の頭の中には、自分が周りに異物として見られていないかという不安しかないのだろう。やはり姉も、根本的なところで自分本位なサルカズである。
「お前はそれでいいんじゃないのか」
 姉が有象無象に心を惑わされることがないなら、誰が袖にされようとエンカクにとってはどうでもいいことだ。頓珍漢な悩みに首を捻るの隣を当たり前のように占拠して、エンカクはひとり嗤った。
 
201221
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