「、ちょっと――あら、弟さんの方しかいなかったのね」
「……何か用か」
友人の部屋を訪ねてその弟に出迎えられたメテオリーテは、なるほどこれはあの子が怯えるはずだと思う。も女性にしては身長がある方だが、今メテオリーテを睥睨する長身の男は上背があるだけではなく触れれば斬れそうな雰囲気を纏っている。療養庭園の職員と間違えられるほど温室の空気が似合うとは、あまりにも相容れない。これで弟の方も観葉植物の栽培が(姉とは関わりなく元々)趣味だと言うのだから、血縁とは奇妙なものだった。
「あの子に送ってほしい画像データがあったのよ。悪いけど、戻ってきたら伝えておいてくれる?」
「…………」
メテオリーテの言葉に対して返事すら寄越さず、エンカクは部屋の奥に向かう。から聞いてはいたが本当に無愛想で不躾であると思いつつも、「態度は悪いかもしれないけど見た目よりは親切だから……」と弁解していたの言葉を思い出した。曰く、態度はどうあれ依頼は粛々とこなすタイプであるらしい。それならば一応、に伝えてくれる気はあるのだろう。そうでなくても、またに会ったときに頼めばいい話である。踵を返そうとしたメテオリーテに、いつの間にかの端末を起動させていたエンカクが声をかけた。
「どの画像だ?」
「……え?」
「ちょっと、あなた弟にパスワード教えてるの? 不用心じゃない」
「えっ、何のこと……?」
食堂で会ったメテオリーテに詰め寄られ、はぱちくりと目を瞬かせる。「あなたの私用端末のことよ」とメテオリーテに事の顛末を聞かせられ、は次第に青ざめていく。その様子にメテオリーテも何かがおかしいと感じ、「まさか……」と口を噤んだ。
「……私、弟にパスワードなんて教えてない……」
「そう、よね……」
考えてみればあれほど弟に怯えているが、私用端末のIDやらパスワードやらを漏らすわけが無いのである。ケルシーの弟子ということもあって、元々そういった方面のセキュリティ意識はきちんとしている。推測されやすいパスワードにするだとかどこかにメモしておくだとか、そんなことをするような馬鹿でもない。どんな手を使ったかは知らないが、あの『弟』は平然と姉の端末を管理下に置いているのだ。しかも、その姿を姉の側の人間に見せている。自らの行為の意味を理解していないわけではなく、こうしてメテオリーテの口からに伝わるところまで意図のうちなのだろう。「どうやってパスワードを割り出したんだろう……?」と真っ青になるに、メテオリーテは心底同情した。これがロドスから貸与された端末の話であれば問題にもできるものを、私用端末なのだからタチが悪い。
「クロージャさんに相談して、生体認証に変えてもらったらどうかしら……?」
「寝てる間とかに、指とかを使われそうな気がする……」
さもありなん、とメテオリーテはの言葉に納得してしまった。同時にそんなことを警戒しなければいけないほど、普段何をされているのかと心配になる。自身考えたことはあるはずだが部屋替えを勧めると、は神妙な顔をして言った。
「違う部屋のはずの弟が、帰ってきたとき当たり前に部屋にいたら怖くない……?」
「それよりはマシってことね……」
としては、どこまでが弟の逆鱗に触れる行為なのかわからず迂闊に部屋替えも言い出せない状況なのだが。仮に部屋を変えたとして、妙に静かな表情で弟が出迎えてきたらそれはきっと自分の死を意味するとさえ思っている。無駄かもしれないがとりあえずパスワードは変えておこうと、最近は妙に弟に対する適応力が身に付いてきただった。
201222