どうにも弟は、が思っているより遥かに激情型だったらしい。弟に強く掴まれた二の腕は、くっきりと掌の形をした痣と火傷が残っていた。
「俺の姉が、」
腰も、脚も、首も。手加減無しに掴まれた痕が残って、きっと見た目には悲惨なことになっているはずだ。それもこれも全て、のせいらしいけれど。
「何故こうも他人に媚びを売るのか、聞かせてほしいものだ」
「……っ、」
弟は、と自分の関係に他人が入ってくることをひどく嫌う。それが例え、自分に好意を寄せる者だったとしてもだ。はただ、後方支援部のオペレーターに頼まれてエンカクに手紙を渡しただけなのに。彼に淡い好意を寄せる可愛らしい女性に、結果はどうあれできる限りの協力はすると約束したのだ。弟の関心を他者に逸らそうとする保身も無かったといえば嘘になるが、それ以上に姉以外の人間とも何らかの関わりを持とうとしてほしいという単純な心配の気持ちもあって。けれど、それは弟の気に障る行為だったらしい。エンカクにとってはふたつに分かたれたひとつという形で完結している姉弟関係だが、は未だにそれを理解していない。だからこうして、排他的な弟の地雷を踏み抜くような真似をしてしまうのだろう。
――クールで、冷徹そうで。
それが格好よくて素敵なのだと、頬を染めた彼女は言っていた。にとっては恐ろしいばかりの弟だが、彼を慕う者にはそう見えるのだなと感慨深く思ったものだ。こんな、いくら好意を向けられても怯えてばかりで何も返さない姉などより、よほど良い人だろうと。きっと幼い頃からずっと傍にいた異性が姉だけだったから、自分のものだった存在への執着を男女の情愛に錯覚しているだけだろうと。そう、思ったのに。自分を慕う異性と接してみれば何か変わるものもあるのではないかと、ぎこちない笑顔で手紙を渡したにエンカクはいつになく怒っている。怯えて身を竦ませるを強く押さえつけて、自身の熱をねじ込んで。苛立っているせいなのか、掌の触れる場所が時折焼けるように熱くなる。実際軽い火傷が肌には残っていて、アーツで治せる程度のものとはいえゾッとした。これでも弟にしてみれば感情を抑えているらしく、自分は本気で弟を怒らせてしまっているのだとわかって震える唇を開いた。
「ごめん、なさい……」
「お前はすぐ謝るんだな」
何が悪いのかもわかっていないくせに、と酷薄な笑みを浮かべてエンカクはの首を掴んだ。絞められているわけではないが、大きな熱い掌が首を掴んでいるだけで恐怖と緊張に脈が速くなる。頸動脈を押さえている親指が、ぐりぐりと血管を探るように動く。このまま殺されてしまうかもしれない、とどこか他人事のように思うのはもう感覚が麻痺してしまったのだろうか。ずちゅ、と粘着質な水音を立てて奥を突かれて、掴まれた喉から掠れた喘ぎ声が漏れた。
「なんだ、首を絞められるのが好きなのか?」
「っ、ん……」
違う、という声すら出せなくて、ふるふると首を横に振る。そんな性癖などあるわけないと知っていて、こうして揶揄するのはを泣かせたいからだ。案の定、ぽろぽろと涙を零すにエンカクは愉しげに目を細めて。ゆるして、と泣き喘ぐを抱き起こし、「それでいい」と満足気に口角を上げた。
「今回は許してやるから、自分で動け」
「ゃ……、」
「『嫌』か?」
反射的に口を突いた言葉を、エンカクが聞き返す。その声の低さと冷たさに背筋が震えて、はまた「ごめんなさい」と唇を震わせた。は今弟に許しを乞うている立場であって、罰を選べる立場ではない。それをやっと理解して目を伏せたを膝の上に抱え、腰を撫でて動くよう促した。羞恥に躊躇う様子を見せたが、火傷の痕に手を重ねるように腕を掴めばは怯えて腰を動かす。火傷と痣だらけになっても姉の体は美しく、愛玩を乞う哀れな小鳥のように綺麗な声で泣く。不慣れな動きは拙かったが、許してほしいと縋る姿を楽しむのは悪くない。がエンカクのものであるように、エンカクもに所有を許してやっているというのに他者との仲を取り持つような真似をされれば腹も立つ。相変わらず、この姉は微塵もエンカクの思慕を理解しようともしていないのだ。怖い思いも痛い思いもしたくないから、表面上わかったような顔をしてすぐ謝って。けれど根本を理解していないから、何度でも同じ過ちを繰り返す。言って聞かせてわからないのなら、躾が必要だろう。理解する気になるまで、辱めて暴いて晒して。互いに必要なのは互いだけだということを、いつになれば理解できるのやら。首筋にくっきりと残った赤黒い痕も明日になれば治してしまうように、また今日のことも忘れるつもりだろうか。愚かな姉に対する呆れと怒りを込めて、その足首にも痕を残した。
201228