「あなたの嫉妬の基準がわからないわ」
メテオリーテの言葉に、エンカクはその炎色の瞳を動かす。姉のいちばんの友人だというそのサルカズは、医療部に訪れていたシルバーアッシュの応対にあたるを指してそう言っていた。
「彼には牽制してないみたいじゃない?」
半ば呆れ顔のメテオリーテは、エンカクが姉に近付く者全てを排除したがっているとでも思っているらしい。男女関係なく嫉妬するエンカクに対する認識としては、あながち間違ってもいないのだろうが。何やらに医療技術の話を振っているシルバーアッシュと、やや緊張しながらも意外なほどにハキハキと答えている。美男美女で大層目の保養になる絵面だが、エンカクはシルバーアッシュに対して特に思うこともないようで。に個人的な用がある者同士待っている時間が手持ち無沙汰だったのか、エンカクはメテオリーテの質問を無視することもなく口を開いた。
「あれが警戒しているなら、俺が牽制する必要はない」
「……そうなの?」
曰く、シルバーアッシュはを度々引き抜こうとはしているらしい。ああして目的を隠すことなく「お前の能力を利用したい」と率直に言うタイプの人間は、も嫌いではないらしく。ただ、イェラグの環境も鑑みた上ではロドスに残ることを選んだ。今はエンカクのこともあるから、尚更引き抜きになど頷けないのだろうが。少なくともシルバーアッシュがヘッドハンティングを目当てに自分に話しかけていることを理解しているから、相応の警戒心を忘れないように接している。自身がそうやって「相手の目当ては自分自身なのだ」と認識している者に関しては、エンカクは特に何かしようとは思わないらしかった。
「あれは病的に鈍感で自己評価が低いだろう」
「そうね」
「自分自身に価値が無いと思っているから、隙が多すぎて俺が苦労する」
エンカクの容赦ない評価にこれまた容赦なく頷いたメテオリーテは、続く言葉には微妙な顔になったものの概ね同意を示した。要は、は自分を卑下しすぎて自分自身が誰かに求められることをまるで考えておらず、故に隙だらけでガードが緩い。はっきりと「お前が目当てだ」と明言されればそれなりの警戒心を持つだけマシなのか、エンカクにしてみれば過保護にならざるを得ない緩さである。けれどエンカクが警戒するのは、下心を隠して近付く男たちよりもむしろ下心など無い女の方が多かった気がしてメテオリーテは再び首を傾げた。最近と親しくなったらしいツキノギや、生け花教室などで関わることの多いマトイマル。サルカズ同士通じるものがあるのか、何を話すわけでもなく近くに座っているだけの時間を過ごすことも多いシャイニング。何かとの反応を面白がって構いに行くW。エンカクが排除しようとしているのは、もっぱらそういった同性との時間が多い気がして。その疑問に、エンカクは珍しく苦い顔をした。
「……あの女は、同性が相手だとあまりに無防備になる」
「ああ……」
男が相手だと、自分も一応女だからとなけなしの(本当になけなしだが)警戒心は抱くだが。相手が女だと、そのうっすらとした警戒心すら全く無くなる。本当に、簡単に信頼して呆気ないほどに気を許して。無防備な姿もあっさりと見せるし、少し親しくなれば甘えたで寂しがりな面も顔を出す。おまけにには庇護欲を煽るというか、どうにも放っておけない雰囲気があって。たとえ双方その気がなくても、一夜の過ちに転んでしまいそうな。確かにの場合女の方があっさりと懐に入れる分嫉妬する側としては厄介かもしれないなと、メテオリーテは納得した。とはいえ、この弟がいてはまともに恋人も作れないだろう。二人の関係を知らないメテオリーテから見れば、エンカクは異常に姉離れのできない弟である。いっそ同性の恋人でも作って弟の踏み込めない世界を築いてしまうのもいいのではないかと、を案ずるメテオリーテは半ば投げやりに考えた。
「どのみち嫉妬深いわよ」
「それはにも言われたな」
あれで一応、弟の嫉妬深さは理解しているらしい。鈍すぎる友人に嫉妬を理解させたエンカクに感心すればいいのか、呆れればいいのか。シルバーアッシュとの会話を終えたがぱあっと人懐っこい笑顔を浮かべて駆け寄ってくるのを見て、この特別感は確かに同性でも揺らぐかもしれないとメテオリーテは思ったのだった。
210112