「……顔、か?」
「そ、そうなの」
 エンカクからへの好意は、傍から見ていてものすごくわかりやすい。というより、本人があえてあけすけにしている節がある。それなのには「そうですか……?」と首を傾げるものだから、ドクターはエンカクに聞いてみたのだ。のどこが好きなのかと。基本的に周りと打ち解けないエンカクにの話題は時に潤滑剤となり時に地雷となるギャンブルではあるが、今回は大丈夫な方に転がったらしい。けれど、返ってきたのは意外な答えで。確かにはエンカクによく似た、夜めいた魅力を持つ美人である。だが、執着と言っていいほどの感情をに向けているエンカクが好きなところとして挙げたのが顔だというのが、意外なところで。別に容姿を好んでいるからといって慕う気持ちを軽く見るわけではないが、もっとこう、内面だとか性格だとか仕草だとか、せめて表情だとか。しかも顎に手を当てて暫し思案した末に「強いて言うならば」といった程度の口調で。やんわりと「もっと他にの良いところを挙げられないのか」と指摘すると、エンカクは冷ややかで皮肉めいた笑みを浮かべた。
「病的に鈍感で、残酷なほど他人に無関心で、そのくせ誰にでも優しさと愛想を振り撒いて、期待だけさせておいて『そんなつもりじゃなかった』と泣く女のどこを長所として挙げればいいんだ?」
「ものすごくこき下ろすんだね……それなのに好きなんだ……?」
「惚れた方の負けだと言うだろう、腹立たしいことにな」
(なんだかんだでお姉さんのことは放っておけないってことかな…… )
 多少違和感を覚える言葉はあったものの、ものの例えだろうとそれは流す。しかし確かにこれは、が弟に慕われていると言われて首を傾げるのも仕方ないと思えた。慕っているらしい姉に対して、褒められる場所が顔くらいだと言い放つ弟の好意は理解し難いだろう。あらゆる欠点を引っ括めて好いていると言えば情が深いとも見れるが、弟が姉に向ける感情としては些か重い。
「顔は好きなんだね」
 この話題を振ったことを半ば後悔しながらも、聞いておいて適当に流すのも失礼だろうとドクターは無難な相槌に切り替える。それに対してエンカクは意外なほどあっさりと頷いて口を開いた。
「あれは美しいだろう」
「そ、そうだね」
「あれの散るところは見逃すには惜しい」
 臆面もなく姉を「美しい」と言い放ったエンカクに、なぜかドクターの方が気恥ずかしくなる。どこか遠くを見るような目をしたエンカクが続けた言葉は、やはり常人には理解し難い価値観を滲ませていたけれど。エンカクは自身の姉のことを、花のように思っているのだろうか。あるいは、花に姉の姿を重ねているのか。血を分けた姉に対して、何の衒いもなく美しいと口にして。一等綺麗な花だからこそ、散り際を目にしたいと望んでいる。それは愛というにはあまりに勝手で傲慢な感情だけれど、エンカクがを好いている気持ちは決して軽いものではないと察せられた。その儚く美しい存在のすべてを、在るがままに好いているとしたら。
「なんかもう、すごくぞっこんなように聞こえるんだけど……」
 ドクターの言葉に、「今更か」とでも言うようにエンカクは鼻で笑ったのだった。
 
210117
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