「あの、エンカク……?」
「…………」
いたたまれない。任務から帰ってきたばかりなのに、妙に怖い顔をした弟に腕を掴まれて。部屋に入ってすぐスタスタと近付いてきた弟に捕まったおかげで、まだ座ることすらできていなかった。気まずい思いをしながらも、離してほしくて弟に呼びかける。ずっと黙ったまま腕を凝視しているエンカクが怖くて、まさかバレているのかと怖くなる。きっと他のことが原因だろうと現実逃避めいた楽観を打ち砕いたのは、切れそうなほど冷たい声だった。
「誰がお前に負傷を許した」
「え、っと……」
「俺は許した覚えはない」
ぐいっと袖を捲り上げ、包帯の巻かれた腕を露わにする。大した怪我ではないが、そう言ったところで神経を逆撫でしそうでは賢明にも口を噤んだ。弟の許可がなければ怪我もできないのかと思うものの、これが心配だとか気遣いだとかではないことくらいはわかっている。包帯を勝手に解き始めたエンカクは、もうアーツで大方は治した裂傷を見て不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「俺の許しもなくこんな傷を負ってくるな」
「そう、言われても……」
「有象無象がお前に傷をつけるのは不愉快だ」
「ご、ごめんなさい……」
弟の不機嫌をどうにか宥めようと、またはいつものように空っぽな謝罪を口にする。そんなことなど見通しているエンカクは、鼻で笑って治りきらない傷を撫でた。
「俺が斬り直してやろうか」
「え……?」
「それならまだ気も済む」
せめて自分のつけた傷なら溜飲も下がると、エンカクは掴んでいる腕を見下ろして目を細める。その瞳にちらつく不穏な火花を感じ取り、は慌てて腕を引いた。
「い、嫌……」
「ほう?」
「痛いから、だめ……」
おずおずと、それでも珍しくハッキリと意見を主張しては自分の腕を庇うように胸元に寄せる。弟に許してもらう機会だからまた泣きながら従順に耐えるだろうと思っていた姉の意外な抵抗に、エンカクは口の端を吊り上げて笑った。
「そうか」
代案を要求することもなく、あっさりと腕を放す。あからさまな独占欲をぶつけられていることを、きっと半分も理解していないのだろう。だから『痛いのは嫌』などと、ある意味呑気な言葉が出てくる。拒んだのに妙に機嫌の良くなった弟に戸惑うを見下ろしながら、エンカクは刀の柄を指先で叩いた。眠っている時にでも傷の上から斬ってやろうかと、物騒な考えが浮かぶ。けれどそれを実行に移す気が失せるくらいには、相変わらずズレているの言葉に毒気を抜かれてしまったのだった。
210511