「おう……」
 前線から戻ってきたサルカズの姉弟の姿に、ドクターは思わず脱力した声を出した。衒いもなく姉を抱きかかえている弟と、弟の腕の中で真っ赤になって顔を両手で覆っている姉。いったい何事かと思って問いかけるものの、何となく関わってはいけない雰囲気も感じる。あなたが聞かなきゃ誰が聞くんですかとでも言いたげな周りの圧力に負けたドクターが、その貧乏くじを引く羽目になった。
「その……エンカクが撤退してくれないから、連れて帰ろうとしたら……足が滑って、抱き着くようになってしまって……」
 蚊の鳴くような声で、は言う。いっそ今すぐ殺してくれと言い出しかねない様子のから、そっと目を逸らすオペレーターの面々。道理で撤退に渋っていたわりにエンカクが上機嫌なわけだと、ドクターは一周回ってアルカイックスマイルを浮かべた。だが、彼も端からエンカクへのストッパーを期待してを近くに配置したのだ。戦いにおいては命令より自身の欲求を優先しがちなエンカクが、唯一同等の優先順位に置く人間。「お前はろくに歩けもしないのか?」と皮肉を言いながらも、エンカクはをここまで安全に連れて帰ってきたわけだった。
「うん、おつかれさま!」
「ドクター……」
 花のように麗しい美人が、恨みがましい目を向けてくる。それはなかなかにプレッシャーを感じるものではあったが、今日は撤退に無駄な時間を取られることもなく帰れるのだ。作戦に参加しているオペレーターたちの人数を思えば、の羞恥心は残念ながら致し方ない犠牲である。あとで有給をつけておこうと、心の中で十字を切ったドクターだった。
 
210603
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