どうしてこうも弟には筒抜けなのだろう、とはエンカクを前に小さく息を吐いた。弟の手にあるのは、今度が休暇に赴く自由都市の観光パンフレットだ。休暇というのは半分建前で、一応ケルシーに頼まれた仕事もあるのだけれど。どのみち、弟はについてくる気らしい。盗聴器か何か仕掛けられているのかと疑って身の回りのものをひっくり返したことは一度や二度ではないが、弟に言わせれば「そんなもの」は必要ないそうだ。心理学だとかそういうものを修めていたりするのだろうかと疑わしげな目を向けるものの、パタンとパンフレットを畳んだ弟はの言いたいことを察したかのようにハッと鼻で笑った。
「お前がわかり易すぎるんだ」
「そんなことを言うのは、あなたくらいだけど……」
 少なくともロドス内でのの評価は、わかりにくいだとか近寄り難いだとかそういった方面に寄っている。自身、簡単に他者に思考を読み取らせるような振る舞いをしているつもりはない。だからこそ、エンカクを警戒しているのだ。けれど、そう伝えても弟はより一層を憐れむような顔をする。
「ここの連中の目は節穴か? 本気でお前を『わかりにくい』と評しているなら、ロドスの諜報の程度も知れたものだな」
「そんなふうに言わなくても……」
 あんまりな言い様に目を逸らしながらも、適度なところで会話を切り上げようと無難な言葉を探す。けれど「その手」と鋭い声で端的に指摘されて、はピタッと動きを止めた。
「お前が適当なことを言うときは、いつも耳の後ろに手をやっているだろう」
「……え、」
「話したくないことがあるときは殊更に視線が合わない。俺の機嫌を気にしているときは目も当てられない作り笑いをする……もっと言ってやろうか?」
 仕草や表情でおおよその考えなど読めてしまうのだと、弟は笑う。の内心と手持ちの情報を突き合わせれば、行動の予測など大したことではないと。そうは言っても、ひとつの仕草が示す感情など幅広いものだろうに。はエンカクの笑みひとつですら、未だにその意図を判じかねるときがある。やはりエンカクが鋭すぎるだけだと思うものの、「それもあるだろうな」とあっさり意見を翻されては面食らった。
「俺ほどお前を見ている人間はいない。それにお前は、誰の顔もまともに見ない」
 ちょっとした仕草と内心を結び付けられるほどのことを見ているエンカクと、目の前の人間にただ怯えるばかりで視線を向けようともしない。エンカクが姉の内心を読み取れるのはある意味当たり前の結果であるし、が他人の感情に疎いのもまた当然だ。が弟のことをまともに見ようとしない限り、どうしてエンカクがのことに敏いのかなどわかりはしないだろうとエンカクはまた嗤った。
「お前の選択も、ある意味では正しいが」
「……?」
「魅入られる、呑まれる……見る者には、それ相応のリスクはある」
「……怖くないの?」
「俺がお前を恐れるとでも?」
 心底可笑しそうに、弟は吐き捨てる。身を乗り出したエンカクは、の腕を掴んでぐっと顔を近付けた。姉弟で同じ色をしているはずの炎が、ちらちらと不穏な揺らぎを見せる。『それ』を直視してしまったは、反射的に目を逸らした。弟の言っていることが、少しだけわかった気がする。炎を見つめるのがよくないとされるように、心の滲む瞳や表情など直視し続けるべきではないのだ。揺らがされて、溶け出して、『持って行かれる』。けれど、エンカクはが目を逸らすのを許さなかった。顎を掴んで、無理やりに視線を合わさせる。
「俺ばかり、お前を見ている」
「…………」
「俺ばかりが、お前を好きでいる」
 そんなことはないとは、言えなかった。何も言えないに、弟は失望すら示さない。強い眼差しに耐えられなくて俯いたを、再び目が合うように強制することはなかった。元から期待はしていないと、弟は言う。自分からその炎を覗き込む勇気もないには、何も返す言葉がなかった。
 
210616
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