「…………」
 美人というものはどんな顔をしてもだいたいサマになるものなのだと、コロセラムはしみじみ思う。それが例えぽかんと口を開けて目を丸くした間の抜けた表情であっても、このサルカズの麗人が浮かべると「可愛らしいギャップ」になるのだからまったく世の中とは不公平なものらしい。今日ドクターの秘書に就いている彼が、いつものようにビーカーにコーヒーを淹れて出すとはぽけっとしたままそれを受け取って口をつけた。普段なら柔らかい笑顔を浮かべて礼を言いながらも飲んだフリ、もしくは上手いこと「急用」を作ってほんの少しもビーカーに口をつけないが、である。実のところコロセラムだって毎度毎度ビーカーにコーヒーを注いでいるわけではなく、あの時はたまたまカップを切らしていたのと手頃な場所にビーカーがあっただけで、何も実験器具に飲料を入れるこだわりはないのだが。あまりに彼女が柔らかくも頑なに良い人の顔をして躱し続けるものだから、率直に断ったり文句を言ったりしてくる職員にはもう出さなくなったそれを面白がって専用にしていたようなものだった。
 だが、今のコロセラムにあまり達成感や勝利の愉悦というものはない。楽しみにしていた難しい実験が、『神様の気まぐれ』で成功してしまったような。そんな台無しにされた心地を彼にもたらしたのは、の手にある見本誌だった。見開きのページを凝視して動かなくなってしまったに、ドクターがこの暑さでも脱がない覆面越しに笑いかける。
「すごいよね、エンカク」
「……誰かの変装……?」
「あはは、撮影直後にエンカクを検査に連れて行ったのはだよ」
「幻覚……?」
「この雑誌はロドス中に配られてるけど、みんな同じように見えてると思うな」
「私の知らない弟がもう1人……?」
「アッそのネタはエンカクの機嫌が悪くなるから封印して」
 先日コロセラムがロドスに加入した時に、「サルカズの姉弟と似ている」「実は弟では」と噂になったときのエンカクはそれはもう面倒だった。にしてもコロセラムにしても、そもそも異種族であるし言うほど似ているとは互いに思っていない。噂している者たちも、本気でそう思っているわけではなくささやかな日常に彩りを添える冗談程度のつもりだっただろう。けれどまあ、不仲であるよりは良好にコミュニケーションをとれる方が望ましい。しばらくはお互い大変ですね、そんな視線を交わしつつ少しばかり「設定」に則った親しさを楽しんだ、それだけだ。けれどそんなおふざけを許さなかったのが、彼女の弟で。一介のエンジニアがサルカズの傭兵に敵視される恐怖をおわかりいただけるだろうか。例えエンカクが暴力やわかりやすい牽制を仕掛けずとも、コロセラムの精神性が変人のそれであろうとも、好き好んで猛獣の尾を踏みたい者はいない。そういうことだ。
 それにしても、は目の前の雑誌に載っている弟の姿を相変わらず合成写真か何かかと疑い続けている。わからなくはないが、そんなに衝撃的だっただろうか。ウィンクをし、気安い笑顔を浮かべてポーズをとるエンカクの姿は。
「薬物、錯乱のアーツ……」
 まあ、唯一の血縁者がこうも拒絶反応を示すくらいには衝撃的なのだろう。いっそ恐れ慄いていると言っていいほどに、は目の前の現実を拒絶していた。
「彼は正気ですか?」
「うん、正気だね」
 語学の教科書の例文かと思うようなやり取りを聞きながら、コロセラムも自分のコーヒーを呷る。先日がコーラルコーストのモデルを務めた時の、それこそ正気かと疑うようなイタズラっぽい小悪魔めいたカットがエンカクの奇行の原因なのだと、きっとは気付いていないのだろう。
 
220705
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