「ほんとに、本当に、本っっっ当に死んだらいい」
絶対零度を放てるということは妹は氷タイプのポケモンだったのだろうか。今まさに怒り心頭の妹にバレたら更に視線が冷え込みそうなことを考えて、デンジは一応妹に要求された正座で話を聞いてやる。しかし反省心の欠片も抱いていないことはやはり態度に出ているようで、自らを守るようにぎゅっと抱き締めていたクッションを力いっぱい投げ付けられた。非力な妹の腕力では、避けるどころか受け止める必要もないけれど。ぼふりと顔に当たったクッションを返してやると、その手をぱしんと叩かれる。「あ、」と呟いたデンジに、は大袈裟なほどにびくりと肩を跳ねさせた。
「勃った」
「は?」
「もう一回していいか」
良いわけがない、そう反論しようとしていたの手を引いて床に引き倒す。頭をぶつけないように、ちゃんとそこはクッションが先に落ちるように加減してやった。暴れる細い手足を押さえつけて、罵声を浴びせようとする口をキスで塞いで。先ほどの行為の名残でまだ濡れているソコに、ぐちゅんと昂りを押し込む。必死に暴れていた体は、何度も突き上げるとやがてぐったりと脱力し、時折ぴくりと痙攣するように跳ね上がるだけになった。これはまた怒られるな、と思いながらも快楽を求める腰は止まらない。兄妹であるせいか、ぬるぬるとキツく締め付けてくるソコはデンジにとってどんな女よりも具合が良かった。
「ジムリーダー罷免されろ」
「悪いって」
そこにお前が落ちてたから、くらいのノリで実の兄に「使われて」平気な女がいるのなら目の前に連れてきてほしい。例えそんな女がこの世にいたとしても、は兄の行為を許す気は微塵もないが。下劣な言葉こそ使わないが、デンジはを「家にあるオナホ」くらいに認識している節がある。それ以外の兄妹関係は気安くドライでそこそこ真っ当なものの、どうしてか性行為に関しては頭のネジが数本外れているのだ。何の罪悪感も後ろめたさもなく、ふと欲の湧いたままに妹を抱く。別に禁断の恋とやらをに対して抱いているわけでもなく、度を外れた情愛を育んでしまったわけでもない。ただ本当に、どこかおかしいのだこの兄は。常識的な一般人が突然なんでもないような顔をして理由もなく人を刺すような、そんな恐ろしさに似ていた。豹変というわけでもなく、ただ欲情を抱くと当然のようににそれを向ける。ぶっ壊れている、バグっている、そんな表現が強いて言うのであれば当てはまるのだろう。
「そろそろ飯にしないか」
「色ボケ兄貴のせいで一歩も動けませんけど」
「デリバリーとってやるから、何がいい」
喧嘩したあとに妹を宥めるような顔で、淡々と兄は言う。特段優しくもないが、特段冷たくもないのがこの兄だ。デンジがずっとこうだから、もどこかのネジをなくしてしまったのだろう。だからは、愚かにもまだこの家に留まっている。
デンジがに手を出したのは、2年ほど前のことだった。手応えのある挑戦者が現れないことで倦んだ様子を見せ始めたのも、その頃だったように思う。元々身内以外にはあまり活力的な姿を見せる方ではないが、ジムのこともあってかいつにも増して気だるそうにしていて。その頃のは兄に対してそうした警戒心など抱いておらず、2人暮らしとはいえ平然と風呂上がりにソファでうたた寝などしていた。それがふと、息苦しさと妙な圧迫感で目覚めれば覆い被さっていた兄に揺さぶられていて。それが性行為だと気付いた時には、もう何もかもが手遅れだった。翌朝、吐いたの後始末をしたデンジは平手打ちを黙って受け入れはしたもののどうしてが怒っているのかわからない様子で。「吐いてるとこ見るのなんて今更だろ?」と首を傾げたデンジに、まさか本当にわからないのかとお互いの体液まみれにされた下着を指させば「……? 弁償はするけど自分で選んでくれよ、さすがにそういう店に俺は入れない」と見当違いの申し出をされて。いよいよ直接的に強姦したことを謝れと告げれば、「お前処女じゃなかったよな?」と首を傾げられたから2度目の平手打ちをお見舞してやった。兄の倫理観はどうなっているのか、この間改造でちょっとしたミスをして感電したときに常識の回路まで焼いてしまったのか。頭を抱えたがもう二度とするなと唸ったとき、デンジはわかったとかなんとか答えていた気がするのだが。あれから今に至るまで、デンジは毎回の怒りを受けながらもその最低の行為をやめたことがない。
「いつも言ってるけど、セックスがしたいなら彼女として。それかセフレでも作って」
「面倒だろ、家に呼ぶのとかホテル行くのとか。付き合ったり連絡取ったりするのも」
「じゃあ禁欲してよ」
「ムラムラしてる時にお前がいるから、ちょうどいいんだよ」
「クソ兄貴」
は別に、デンジに囲われているわけではない。監禁されているわけでもないし、兄を説得できないとわかった時点で家を出ようとしたのだ。デンジも別に恋愛感情や行き過ぎた家族愛を抱いてしまったわけでもないから、手近なところにいなければ間違いは起こらないのだと思って。だが、「部屋借りて出ていくから」と告げたときの兄の返事は「は?」だった。認めないだの何だのとは言わなかったが、むすりと黙り込んでそれ以上の会話もなく。不機嫌な兄を無視して荷造りをしていたその夜、ナギサシティはかつてない大停電に見舞われた。あれは確か3日ほど街に明かりが戻らなかった覚えがある。デンジへの説教、および原因究明のためにリーグから駆け付けたオーバに「思い当たることがないか」といった旨のことを聞かれ、強いて言うならが家を出ようとしたことが発端の兄妹喧嘩だろうかと答えれば泣きつかれて。当然、いくら幼馴染といえど兄に非合意のセックスを強いられているのだと言えるわけもなく、この規模の大停電が今後も続くのならデンジもオーバも処分を考えるというリーグの方針を聞いてしまい、は引越し業者と不動産屋に渋々キャンセルの連絡を入れたのだった。デンジは大停電の件についてに何も言わなかったものの、それ以来あれほど大規模な停電は起こしていない。停電が起きるたび、兄を人力発電装置に押し込んでくれとオーバに怒りの連絡を入れてはいるが。
「ピザでいいよな」
「またそんな重いものを……」
「ダイエットとかしてないだろ?」
「具合悪い人間にピザ食べさせないでよ」
「なんだ、具合悪かったのか? 言えよ」
「…………」
誰のせいで体調が悪くなったのか、本気で理解していないのだろう。本当に、一度死ぬほど痛い目を見てほしい。昔コガネシティに行ったとき、壊れたTVを叩いて直す光景を目にしたが。あれと同じ要領で、兄の頭を叩いたら倫理の回路が復活したりしてくれないだろうか。しないのだろうな。調子の悪い機器に拳骨を浴びせようとしたから機械を庇い、「お前は機械のことを何もわかってない」と慄いた兄だ。生憎は、兄の持っている工具や配線について欠片も使い道がわからない類の人間なのだ。兄は今でもが少しでも「何これ」と興味を示せば、いつもの無気力はどこに行ったという勢いで機械のことを語ってくる、そういうところは相変わらずなのにどうしてこうなってしまったのか。自分たちはおかしい、きっと。確信を持って言えるはずのことを曖昧にしてしまうあたり、も何かをかけ違えてしまっている。べたべたとして気持ち悪い下半身も、何を言っても響かない兄への苛立ちも鬱陶しい。
「コーラ」
「飲みもんじゃなくて、食いたいもの言えよ」
「知らない、お兄ちゃんが決めて」
「後からあれが良かったとか、聞かないからな」
こんな、普通の兄妹喧嘩の後のように他愛ない会話をしている自分たちは絶対におかしい。だがはもう、変わらないデンジを変えようとすることに疲れ切ってしまっていた。いつか、この頭のおかしい兄のネジも見つかるかもしれない。2人でだらだらと生きていくうちに、いつの間にか糸が切れるように関係も終わるかもしれない。は精一杯努力してきた。もう、これ以上兄の頭から落ちたネジを探すのは自分の役割ではないと思った。
「あれ? しかいないのか?」
「逆になんでお兄ちゃんがいると思ったの」
開口一番首を傾げた幼馴染に、は呆れたように肩を竦めた。外は明るく、ナギサシティを太陽が燦々と照らしている。こんな時間に理由もなく家にいるのは社会不適合者くらいなものだ。自身の兄は後者寄りだとは思うが、あれでも一応ジムリーダーだ。まあ、その責務を果たすというよりは単に好き勝手改造できる場所だから、そこそこ真面目にジムに出勤しているのだろうが。
「何しに来たの、オーバ」
「始末書の受領だよ。デンジのやつ、こないだまた停電起こしたろ」
「ああ……」
それこそジムに行くべき用件であるが、もしかしたら兄に直接言うよりを通した方が話が早いと思ったのかもしれない。実際、こうした書類の類はほとんどに丸投げされている。オーバの言う始末書も、昨日投げて寄越されたのを先ほど仕上げてやった覚えがあった。どうせ始末書といっても形式的なものだ、デンジは本人が悪いと思わない限りニョロトノの面に水といった様子で悪びれもしない。リーグの方もそれがわかっているから、提出さえするのならと代筆を黙認してくれているのだろう。
「今プリントするから、そこのコピー機から持ってって」
「せめて封筒に入れるとこまではサービスしてくれよ」
「知らない、あたしの仕事じゃないし」
「お前なぁ……まあいいけどよ」
デンジの半分でも俺に優しくしてくれよな、とぼやいたオーバに、パソコンを操作していたは片眉を上げる。「は?」と剣呑な眼差しを向けたに、オーバは慌てて弁解するように両手を上げた。
「いや、実際優しいだろ? デンジに」
「あたしが? 兄貴に? 優しい?」
「何だかんだデンジの面倒見てやってるし、デンジだってお前のこと大切にしてるし……」
「……バカアフロ」
「なっ!?」
突然の罵倒に驚くオーバから離れ、はモンスターボールを片手に玄関へと向かう。引き留めようとしたオーバが、プリントアウトされていく始末書を慌てて拾っている隙に家を出た。
「おい、鍵どうすんだよ!」
「いつもみたいにしといて」
「俺のこと信用しすぎだろ!」
呆れつつもそれ以上追いかけてはこないオーバに、ひっそりと安堵の息を吐く。どうせ勝手知ったる幼馴染だ、やデンジの突飛な行動にもその対処にも慣れている。それに甘えている自覚はあったが、がデンジに優しいなどという世迷言だけは看過できなかった。はただ、イカれた兄に譲歩してやっているだけだ。ポケモンのことにしろ機械のことにしろ、隣で同じものを見て考えることができる対等な人間があまりに少ないあの兄に。最低で迷惑な兄だが、一応は家族としての関係を許容してやっている。八割方はの忍耐で成り立っているそれを、優しさなどと呼ばわれたくなかった。
「行こう、ギャラドス」
ギャラドス女、とかつて兄や幼馴染にからかわれたのは気性の激しさゆえだ。それで「お前にぴったりだろ」とギャラドスを捕まえてきてくれたのも、そのデンジたちなのだが。兄がいくらこの街を変えようと、ナギサシティの海は変わらない。いつ見ても退屈な、灰色に曇った青。鬱屈とした冬に閉ざされた地の片隅で、今日もどこにも行けずに生きている。
220705