きっと運命的な出会いだったんでしょうね、私と話してくれていたロドスのオペレーターさんはワクワクとした表情でそう言った。彼女は私とシルバーアッシュのお芝居を信じてくれている一人らしい。胸をチクチクと刺すザイアク感にはいつまで経っても慣れないけど、ヴァイスさん曰く「意外と名女優」らしい私はにっこりと笑って頷いた。運命。うん、まったくの嘘というわけでもないと思う。サクイ的な運命ってやつだけど。
私とシルバーアッシュとの出会いまでには、若干長い前振りがある。私はありふれた孤児育ちで、ありふれてないアーツを使えた。転移、移動、空間操作、それらはゲンミツには違う原理らしいけれど、まあとにかくそういう感じのことを全部アーツでどうにかできたのだ。「ナニかをどこかに動かす」範囲の現象を「かなりシイ的に」可能にする、ありえないほど便利で応用の効くアーツ、らしい。私自身には原理なんてわからない、できてしまうんだからありえないと言われてもありえてるのだ。
とにかくそういう便利なアーツが使えた私は、孤児仲間の先輩と組んで運び屋『ハールート&マールート』を開業した。名付けたのは先輩で、先輩のコードネームがハールート。私がマールートだ。何か由来があるらしいけど、鳥頭の私は忘れてしまった。先輩は私の人生で出会った人の中で二番目に頭が良くて物知りで(一番は数年後にシルバーアッシュになった)、
業務受注のシステム構築だとか
渉外担当だとかは全部先輩の仕事。私は先輩の指示を受けて荷を運ぶ。ひたすら運ぶ。私のアーツがあったから、他のトランスポーターと仕事を奪い合わないように
超特急の依頼や通常のトランスポーターには難しい極地の依頼に限定して、少数の依頼で高額の報酬を得ていたそうだ。先輩は「お前と組んだおかげで楽ができる」とスピッターズを開けながら笑っていたけど、私こそ先輩のおかげで楽をしていた。何しろ頭脳労働を一切しなくていい! 「持ちつ持たれつ」というやつで私と先輩の運び屋稼業は上手く回っていた。どうして先輩が先輩なのか? 鉄屑漁りの先輩だったから。
ところがある日先輩はいなくなった。アジトにしていた小さな事務所の机には書き置きが残されていた。「こんな世の中だ。お前も気をつけろよ、元気でな」、たぶんだけど先輩は鉱石病に罹ったんだと思う。私に気遣われたくなかったのか、万が一にも感染させたくなかったのか、死を前にして他にやりたいことができたのか。まあ事業が突然潰えることも、人が消えることも珍しくない世の中だ。けど私は少し寂しかった。そしてたいへんに困った。なぜなら私は頭脳労働ができない。機器の使い方や多少の交渉術は先輩に叩き込まれていたけど、やっぱり私の頭など先輩には
到底及ばないのだ。おまけに最近少しばかり名が売れすぎて、『ハールート』宛にスカウトじみた依頼もちらほらと舞い込んでいた。ハールート宛なのは私が術者ということを隠して、アーツを込めた機械で転移をしているように見せかけていたからだ(もちろん、先輩の指示!)。表に出ない天才のハールートと、少しばかり腕の立つ護衛兼運び人のマールート。そうして私たちは自分たちの身を守ってきた。
「どうしようね、『ハールート』」
肩に乗った小さな雲獣に、私は語りかけた。二年ほど前に拾ったこの子にも名前はあるのだけれど、先輩を含めた周囲皆からダメ出しをされたのでせっかくつけた名前を呼んだことはない。私にはネーミングセンスもない! そういうわけで君が今日から二代目ハールートだ。マールートの隣にはハールートがいるものだ。そう先輩が言っていた。今日から君が頭脳労働をこなしておくれ。当然ムリな話である。ハールートは黙って私の指に額を擦り付けた。
「ここが『シオドキ』ってものなのかなぁ」
先輩がいなければ、運び屋事業には
早晩綻びが出る。転職をするならボロが出ないうちに。弱みを見せると買い叩かれるのがこの世知辛い世の中だ。とはいえ急に姿を眩ませるのも、それはそれで面倒が起きそうだ。既に受けた依頼が終わるまではちゃんと働いて、新規の依頼はゆっくり絞っていこう。そうして砂の上に落ちた水みたいに、静かに消えていく。
そうだ、どうせなら依頼のテイをしたスカウトも目を通してみよう。私には結局このアーツしかないんだし、転職先を探すならゼロからよりはスカウトを受けた方が早いし待遇にも期待できる。問題は誰も『マールート』宛てになんてスカウトを送ってないところだけど、その辺りの仕組みを見抜いてくれる程度には賢い人がいい。私は一人で仕事をして生きていくには頭が足りないし、リーダーとかヒーローとかいうよりはどこまでも下っ端とか脇役気質なのだ。私をちゃんと
活用してくれる頭の良い人に使われたいし、更に言うならこのアーツは全然便利に使い倒してくれて構わないけど、お給料とお休みは働きに見合った分欲しいのは当然だ。あとは人生全部かけてついて行きたくなるような、カリスマとか魅力のあるボスなんかがいたら言うことはない。ちょっとゼータクすぎかな? 理想は高いに越したことはない、たぶん。現実が既に
妥協だらけの産物なのに、理想にまで妥協することはないよ、きっと。
「どれがいいと思う? ハールート」
「ミュー……」
「そうだよね、わかんないよね。私もわかんない」
端末を前に、私たちは唸っていた。
論外の依頼を粗方振り落とした後に残ったメールを、ざっと眺める。一応マールート宛のメールが無いかざっと検索をかけてみたけど、なぜか迷惑メールフォルダに大量にあった。どうして迷惑メールにあったのかはチラッと読んですぐ理解した。なんというか、一言でいうとストーカーだった。私のことをとても褒めてくれてるんだけど、ていちょーにご招待いただいてるんだけど、なんかすっごく気持ち悪い。先輩が私に何も言わずにメールを振り分けていた理由を、バカな私でも理解できた。読む前に「変なメールは私を呼んで一緒に読んで爆笑するほどの先輩が黙って迷惑メールに突っ込むほどの嫌なメール」だと気付けばよかったんだけど、やっぱり私は頭が足りなかった。私にストーカーがいるって知っておくことは今後に役立つかもしれない、かな? でも気持ち悪いから忘れよう。私は鳥頭だからきっとすぐ忘れる。このスカウトはどう見ても「ナシ」だ。他には何かないかと、ぽちぽちメールを開いては読み流す。
「あ、ホワイトさんだ」
ホワイトさんは同業者というかお得意先というか、そんな感じだ。
業務提携とでも言えばいいのかな、彼の販路にまで私たちが遠い国のものを運んで、彼が自国でそれを売る。
希少性が値段に見合う価値を作るんだって言ってたのは先輩だったかな、ホワイトさんだったかな。私の思考はすぐ横道に逸れる。ホワイトさんとももうすぐお別れか、そうしんみり思いながらメールを開くと彼にしては珍しい、歯切れの悪いような困りながら下手に出ているような、そんな文面だった。
「『どうしても断れない人からのお願い』で、優先的に受けてほしい依頼がある……?」
つまり今回ホワイトさんは仲介人らしい。指定された倉庫も、今まで行ったことのない座標だった。ハールート(先輩)はけっこー強気に依頼人を選ぶ方だったし、馴染みのお客さんも似たような立場(他人に対して強く出れる力があるってこと)だから、こうした捻じ込みは実に珍しい。ホワイトさんはお得意さんだけど、先輩ならきっとこの依頼は断っているだろう。それに廃業を考えている今はもう、お得意様も何もないわけだし。けれど私は
好奇心が疼いた。「お前、今まで勘だけで生き残ってきただろ」とすっからかんの頭を叩いた先輩も認めている第六感だ、ホワイトさんのお願いにはきっと楽しいことがある。極楽鳥(ではないけど!)のリーベリこと私はそんな予感がして、ホワイトさんの依頼にりょーかいの返事を出したのだった。
そう、楽しいことがあると思ったはずだったんだけどなぁ。
「命が惜しけりゃハールートを呼びやがれ」
ハールートなら私のポケットで寝てるよ。二代目だけど。そう答える代わりに私は黙って両手を挙げた。調子に乗ってやいやい言い立ててくるえらそーな人と、その部下のような十数人。どう
好意的に見ても私の求める上司像には知性も品性も魅力も足りていない。私に言われたくないかもだけど。
こんなチンピラのお誘いを受けたつもりはないんだけどなぁ、と私はひっそりため息を吐いた。今逃げた幸せ、割増料金として請求させてほしい。ハールートの能力は自分たちが有効活用してやるとかなんとか言っている、この頭の悪そうな人たちは「ハズレ」だ。ちょっと
傲慢かな? でも私は選ぶ側なのだ、今のところは。交渉っていうのはだいたいお願いをしてる側が弱いものだって、チンピラたちがお呼びの元ハールートが言ってた。
「聞いてんのかテメェ――」
うんうんと考え事をしていた私に剣だか棒だかが振り下ろされて、そしてそれは当然のように私に当たらなかった。代わりにあがっと間抜けな声がして、チンピラたちの身長が低くなる。面倒な客もどきは「埋め」てしまえと、これもまた先代ハールートの教えである。私が客先でアーツを戦闘に使うときは大体相手を地面に「通過」させて半身ほどを埋めてしまう。それだけで
制圧できてしまうことが大半だし、仮に戦意が残っていたとしてもほとんど抵抗を受けることなく叩きのめせる。剣を腰に差してはいるけど、両手を挙げたって私は何にも困らない。まあ、こういうアーツの使い方だって先輩が考えてくれたんだけど。転移と通過、この二つは他人には全然違って見えるらしく、私については「セメントだか土だかを操作できるらしい」という誤ったウワサが少し広がっているくらいだ。
さて、倉庫の中にいた集団はわかる範囲で「埋め」てしまったけど、この後どうしよう。この人たちはどう見てもホワイトさんの言っていた「どうしても断れない依頼人」になんて見えないし(だって彼ならこんな連中に脅されたって返り討ちだし、そもそも彼の客にしては品がない)、このチンピラたちはどこから湧いてきたんだろう。埋めた人たちを見渡しても依頼人らしき人は混ざっていないし(うっかり埋めてたら「平謝り」だ!)、まだ来てないのかな? それか、こんな連中が中にいるもんだから倉庫の外で待ってるとか。ありそう。私はいつも指定場所に直行直帰だから建物の内外ですれ違いとか、実はよくある話だ。それにしてもこの倉庫、大きな会社の所有物っぽいけどチンピラたちは不法侵入だよね? あれ、私も不法侵入? 依頼人が現れないとそういうことになりかねない。依頼人だってここのカンケーシャのはずだけど、ああ何かもう、今更怖くなってきた。やっぱり私には賢いパートナーが
必須だ。お客様の中に私を上手く使ってくれる、頭の良くて優しい雇用主はいませんか!
「――そこまでだ。我々の請負人に手を……」
倉庫の重い扉が大きく開け放たれて、寒風と共にその人は現れた。一度は聞いてみたいようなカッコいいセリフ、途中で途切れさせてごめん。後になって私はものすごく悔やんだ。だって一度は言われてみたかったし。倉庫内の光景を目にして言葉を失った『運命の人』は、実のところちょっとだけ可愛らしく見えた。かっこいい人なのに。せっかくのお芝居のクライマックスを台無しにして、今にして思えば本当にごめんねシルバーアッシュ。大丈夫だよ、あの時のあなたの顔、私しか見てないから(角度的に)。
「えーとつまり、ホワイトさんは『ヴァイスさん』で、元々こちらの社員さんで、社長さんことシルバーアッシュさんの部下さんで……?」
倉庫から
応接室に案内された私は、今回の依頼の種明かしを受けていた。ふかふかのソファは先輩が事務所で寝床にしていたメーカーと同じで(つまりすっごい
高級品)、コーヒーはマグカップじゃなくてきれーな陶磁器に注がれて出てきた。客先でおもてなしを受けてる、地味に衝撃的な初体験だ(特急の依頼が多いこともあって、私の客先での扱いはわりと雑だ。いいけど)。先輩、私に最低限のマナーを叩き込んでくれてありがとう。「客先でお茶なんて一生出てこないけど!?」「うるせえ億が一には出るかもしれねえだろ!」というケンカを思い出した。ごめんね先輩が正しかったよ。けど先輩も本心では一生出ない方に賭けてたんじゃないのかな? どうでもいいことを思い出しながら、受けた説明を足りない頭でまとめていく。コーヒーを片手に黙っているとそれなりに賢そうに見えるのは、私の数ある良いところである。まあ、バカみたいな喋り方をしているからそんな小技もムダなんだけど。
「あのチンピラたちはわざと情報を漏らして侵入させて、詰め寄られて困っている私を助けて恩を売ろうと待機していたと」
「あなたの安全は確保していたとはいえ、申し訳ないことをしました」
「悪い大人だ……」
にっこり笑うホワイトさん――ヴァイスさんに、ふつーに本音が漏れた。最初から全部この人たちの掌の上だったのだ。貴重なアーツの持ち主をスカウトしたかった上司のシルバーアッシュさんの指示でヴァイスさんがメールを出して、裏ではこちらの居場所の情報が売られていて、釣られたチンピラと好奇心に駆られた私がのこのこ倉庫に集まって。彼らの想定外だったのは私の制圧力で、そのせいで脚本は台無しになってしまった。さすがにバカな私でも理解できていた、助けに来た顔をしてるこの人たちにハメられたって。それでも私が即座に帰らなかったのは、トップであるはずのシルバーアッシュさんが「すまないことをした」と真っ先に謝ってくれたからだ。交渉のテーブルにだけでもついてくれないかという彼らの言葉に頷いたのは、その謝罪があったからに他ならない。トップが軽々しく頭を下げるなんてとかどうとかこうとかあるかもしれないけど、過ちを誤魔化さない人は好きだ。時と場合によるっていうのは、今は置いといて。
「事前に打ち合わせが欲しかったですね」
「まあ、それをしてたらあなたを騙すヒーロー役としては台無しですよね」
「でも最後まで聞きたかったですよ、『我々の請負人に手を出すな』って」
「そんなにいいセリフでしたか?」
「だって私たちを守ってくれる人なんて誰もいないですよ? それこそ演技じゃないと一生聞けなかったかも」
賢そうな演技なんてコーヒー片手に黙っているしか引き出しのない私は、
早々に演技を捨てて伸びをした。向かいのソファの後ろに立ったまま話し相手になってくれていたヴァイスさんは、思わずといった様子でソファに腰掛けるシルバーアッシュさんに視線を向ける。その反応は一瞬の憐れみで、わざと見せたのか本心だったのかはわからないし、彼の上司がそれをどう受け取ったのかも私にわかるはずがなかった。
「それでマールート殿……あるいは、ハールート殿?」
何事もなかったかのように、シルバーアッシュさんは話を切り出した。その呼びかけや今までの話から、彼は少なくとも「私」が術者だと理解して呼び出したのだとわかった。ハールートについては一人二役か、本当にただの裏方だと思っているようだ。まあ実際私が術者なのだけれど、私だけでは仕事にならないのも事実である。だから私はここにいるのだけど、それをどう説明したらいいんだろう。あまり内情を明かしたくはないといっても、ホワイトさんの身元を知っちゃったこともあるし私もいくらかは正直に話すべきだろう。
「二代目ハールートならここにいますよ。先代の方は、こないだいなくなりましたけど」
そういってポケットの雲獣を見せると、なぜか主従揃って痛ましげな顔をされた。あ、もしかして先輩が死んだと勘違いされた? いなくなった相方の名前をペットにつけたカワイソーな女だと思われた? 先輩ごめん、私の説明が下手なせいでいらない誤解を招いちゃった。先輩が本当に死んでる可能性も一応あるけど。でも同情ってするだけならタダだし、それにつけ込んで優しさをぼったくらなきゃ悪いことではない、よね?
「……お悔やみ申し上げる」
ああやっぱり誤解を招いてる! ごめんね先輩、墓前にスピッターズ供えとくから許してね。けれどそれ以上は戸惑わず、一言であっさりと表情と話題を切り替えたのだから目の前の人は
有能っていうものなんだろう。
「しかし、『ハールート』を失ってこの席についているということは、我々の提案について少なからず検討の余地はあると考えていいのだろうか?」
「ええ、まあ、何というか……転職活動中でして」
「他の組織とも交渉を?」
「いえ、あなた方が最初です。初めに目についたメールがホワイトさ……ヴァイスさんのものでしたから」
「それは我々にとっての幸運だったようだ。願わくば、最後でもあってほしいものだが」
トン、と長い人差し指がテーブルを軽く叩いた。私、あまり賢い会話についていけないから言葉のジャブを入れないでほしい。そんなことが言えるわけもなく、誤魔化すようにコーヒーに手を伸ばす。今更だけど良い香りだな。先輩は豆の違いにうるさかった。あれ、なんかこれ本当に「故人を偲んでる」みたい。フキンシンってやつだ。ところでこれ、今度は私が喋るターンなの? 私も向こうもそれぞれ「選ぶ側」なので、パワーバランスがわからない。少なくとも賢さでは、あっちの方がずっと上。
「……あの、私は頭が悪いんです」
率直に話すことにした。こんな頭の良さそうな人を前に取り繕ったって仕方ない。
「確かに術者は私ですけど、めっちゃ便利なアーツだと私も思いますけど、ハールートに上手く使ってもらってたんです。今の私には頭の良い上司が必須です、
急務です」
「なるほど。それなら私は有力な候補に入るだろう」
「ええほんと、すっごく頭が良さそうなのはわかります。賢くてうまく私を使ってくれて
福利厚生が手厚くて、カリスマとか溢れる人なら新しい上司として
理想的だなって思ってましたけど、なんかもう理想以上ですってくらいスゴい人だとは」
だけど怖い。いっそ騙されていればよかったんだけど、種明かしを受けてしまった。これからスカウトしようっていう相手の情報を売って危険な目に遭わせる面接官とか、今流行りの圧迫面接どころじゃないよ。賢い人がいいとは思ったけどなんかやばいくらい賢そうだし、この人のスカウトに乗って大丈夫かなって気持ちは、まあちょっとある。
「信頼の担保が必要か」
言葉の選び方とか、ゴイっていうの? その辺が既にもう私と
雲泥の差。私の薄っぺらい地はもうだいぶ見えている。
「うまく騙されておくべきだったなって、私も思うんですけど。そしたら今頃ほいほいハンコ押してたと思います」
タイミングが悪かったのは、うん、本当にごめんなさい。私の言ったことの何が面白かったのか、シルバーアッシュさんは少し首を傾けた。
「騙す分には問題がないのか?」
「騙し抜いてくれれば。少なくとも雇っている間はきれーに騙し続けてくれればおっけーです」
「貴殿の考え方は少し変わっているようだ」
「そうですか? でも雇っている間はお給料くれますし、社員としてそれなりに面倒見てくれますよね? 騙されてやんのー、なんて笑い物にしないでしょうし」
人間関係なんて結局、言葉と態度に出したものが全てだと思うのだ。契約通りお給料を払って、法律や倫理にモトラナイ程度に扱ってくれれば雇い主としてそれ以上に誠実なことはない! 内心でどう思っていたって、内心に収めていてくれればそれでいい。まあ人間って、けっこー態度に出ちゃうけど。でもこの人はすごく頭が良さそうだから、騙すと決めたら綺麗に騙してくれるだろう。ほんと、今回みたいなハプニングさえなければ。
私の価値って結局はこのアーツだけなのだ。ちょっと顔が良いとか声が可愛いとか少しは剣は扱えるとか黙っていれば賢そうとか、そういうのは置いといて。オンリーワンの値札をつけてもらえるのはアーツでしかない。それはわかってるから、このアーツに見合った値段をつけてもらうことが私に望める最大の現実だ。
「貴殿の望む理想的な雇い主について、もう少し聞かせてもらえるだろうか?」
なんか本当に面接っぽい。私、面接受けるの人生で初めてだけど。
「うーん、ゼータク言うなら長く大事にしてほしいって感じですかね。
消費されるのはいいけど
浪費されるのは嫌、掌で踊るのはいいけど掌から落とされるのは嫌、コマでいるのはいいけどステゴマは嫌……
表現力にとぼしーんですけど、伝わります?」
「ああ、理解した。おそらく、私は貴殿の望む雇い主を最も上手くこなせるだろう」
すごい自信だ。でも本当にできそう。事務所の端末に届いていたどのメールよりも、この人との会話がドキドキした。良い意味でも悪い意味でも。大事にして! ってお願いしたら本当に大事にしてくれる、そんな雇い主が存在するとしたらこの人だろう。本心とかは置いといて、私のアーツが便利なうちは。
「つまるところ貴殿に差し出すべきは信頼よりも信用だ……少なくとも今は」
給与だとか休日だとか、そうした待遇面での条件を提示する資料を脇に寄せる。身を乗り出したシルバーアッシュさんの提案に、私は呆気に取られて、けどなぜか頷いていた。やばいよ、この人ヤバいよ。絶対私ヤバいことに首突っ込んでるよ。そう本能は警告した。けど同じくらい、どこに行ったってこの人の下よりワクワクする場所はもう見つからないだろうなって思った。私は好奇心に負けるリーベリだ。猫じゃないから死なない(と思っておく)けど。最終的には第六感に背中を押されて頷いた。まあこんなヤバい人からのお誘い、テーブルについた時点でもうほとんど呑んでるようなものだよね! 新しい書類の
草案をもらって、私はどこかの黄色いクマみたいに業務内容について二度見する。
「エンシオディス・シルバーアッシュの恋人……」
面接を受けていたはずなのに、なぜか恋人ができていた。意味がわからない。なんで? えっ、本当になんで? これは私の頭が悪いせいではないと思う。だってヴァイスさんもちょっと困ったような顔してた。でも私は確かにその提案に頷いて、それは契約として今私の手元に記されている。
これが、シルバーアッシュとのお芝居の仕切り直しだった。理想を望んだらとんでもない
現実が降ってきたものだと、今でも思う。
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