「君の新しい鬼札か」
「ああ、データは既に共有した通りだ」
 ノーシスさんとの初対面は、いかにも悪だくみって感じだった。指定されたポイントにシルバーアッシュを連れて「飛んで」みれば、貸切にされたバーの真ん中で。二人ともお酒は頼まなかったから、頼んでいいって言われても気が引けた。私これでもミセーネンだし。対外的にはセージンだけど。マスターさんも飲み物を出したら鍵をかけて帰ってしまって、いよいよ密談ミツダンじみてくる。あとは賢いお二人でどーぞ、そんな冗談を言える雰囲気ではない。代わりに、ノーシスさんが指摘をしてくれた。
「彼女もこの場にいる必要が?」
には全て教えるか、何も教えないかだ」
 サラッと怖いこと言われた気がする。そうしてほしいって契約を結ばせたのは私だけど。今日二人が話す内容に、これから少なからず私が関わっていくってことだ。怖いから、「何も教えていない」ことがある可能性をチラ見せするのはやめてほしい。見せなきゃ無いのと一緒なんだからさ。見せないで。しまっておいて。
「変わっているだろう?」
「扱い方は理解した」
 うん、知らないでいいことはまるっきり知らせないでくださいね。私は鳩みたいに(鳩じゃないけど!)平和的なリーベリです。氷みたいな視線がメガネ越しに向けられた。
「……あの、私みたいなのがリーベリだとあなたに失礼しつれーな気はするんですけど、努力が追いつかないんでご容赦よーしゃくださいね」
「察しは悪くないようだな」
 私は存在自体この人に失礼かもだけど(リーベリが鳥頭って、ノーシスさんというリーベリに失礼だ!)、この人も私にナチュラルに失礼だった。どこまでイヤミが理解できるか試してる? もうテストは終わったよ?
「君自身にはアーツの解説を望めそうにないな」
「解析テストの三割ほどはノーシスが考案した」
「へぇ……」
 淡々と肩をすくめるノーシスさんについてシルバーアッシュが私に教えてくれて、私はちょっと身構えた。三割って、そこまで多くないと思うじゃん?
「『人体の中に物を転移』とか」
「あの辺りはほとんど私が提案した」
「あなたか!!」
 思わず指差した。指差して、シツレーだなって思ったので下ろした。下ろしたけど、やっぱり怒りが湧いたので指差し直した。この人のせいか。この人のせいで私はめちゃくちゃ怖い思いをしたのか。
「あなた今日から私の天敵ですよ」
「種族で言えば、君の隣の男の方がよほど天敵だと思うが」
 ユキヒョウだもんね! フェリーンってちょっとやっぱりそれだけで怖いよ。でっかい猫だもん。けど三割を考えたのはノーシスさんだ。しかもたぶん、えぐいとこばっかの『三割』。エゲツナイ同族より隣の雪豹だ。
「私を敵視できる分には構わない。いずれ『そう』演技してもらうことになるからな」
「えっ?」
「ノーシスは『私から離反する』。そういう予定になっている」
「あー、悪い大人ふたりで談合ダンゴーしてるんだ……」
 うん、私バカだから、シルバーアッシュの部下さん? 同志さん? が離反したら、普通にめちゃくちゃ動揺どーよーするもんね。心配するし、気まずいし、殴らなきゃいけないのかな? ってオロオロする。事前に教えてくれてありがとね。後からフリだったよって言われたらシルバーアッシュのこともノーシスさんのことも近寄りがたくなると思う、三ヶ月くらい。
「三ヶ月で済ませてくれるのか、優しいな」
 シルバーアッシュが私をあやすように頭を撫でた。今ノーシスさんしかいないから、別に恋人ロールしてくれなくていいよ。どうせノーシスさんは『知ってる』側の人間だ、メガネを見て言ってるわけじゃなくて、事前にそう知らされてるからわかるだけ。
「こういう女性だ。機嫌を損ねないように私は必死というわけだ」
「君は時折遊びがすぎるな。悪趣味な冗談は二人の間だけでやってもらいたいものだ」
 ノーシスさんの言葉に私は半分同意どーいした。シルバーアッシュは私の上司で雇い主なんだから、ふたりの時でもそんな怖いこと言わないでほしい。私の機嫌を取るシルバーアッシュとか、怖い。『シルバーアッシュ』にそうさせる状況って何? 世界の崩壊でもかかってる? 背筋が(恐怖で)寒くなるセリフを吐くのは他の場所にしてほしいっていうところは、じゅーぶんに頷けるけど。猫みたいに顎を撫でられたので、あんまり怖い怖い言ってないで黙ってろってことだと思って大人しく撫でられる。ゴロゴロとは鳴かない、リーベリだから。
「そもそもが、先に言っておかなければお前の身が危険になる」
「彼女が私を排除しかねない、と?」
のアーツについては私とお前が最もよく知っているはずだ」
 三割だもんね。私はちょっと根に持った。そして私が自分のアーツを二人以上に理解していないことに不満はなかった。だって事実だし。でも私勝手に人殺しとかしないよ。あっ、怖いと思ったら『飛ばし』ちゃう危険とかあるか。お芝居の途中なのに物理的に強制退場とか、確かに笑えない。アンダースタディはいないのだ。いや、シルバーアッシュなら用意してるかもだけど。けどノーシスさんの代役なんてそうそういないと思う。
「『そうそう』いないというのは『全く』いないということではない」
「自分で言うんだ……」
「代役がいないというのは、君のような人材こそを言う。頭が軽いのは結構だが、もっと自身の希少性を自覚した方がいい」
「えーと、『お前のアーツは今のところ代用品がない』」
「正解だ」
 ノーシスさんは少し笑った。笑顔を見せてくれる人とは仲良くなれる気がする。三割でも、天敵でも。メガネを暖炉の煤の山の中に『飛ばして』やろうかなというささやかな復讐心ふくしゅーしんは、胸にしまった。
「君の復讐心は三歳児並みのようだ」
「あなたのメガネ、私の『胸先三寸』だからね!?」
 語彙は思ったよりもあるようだって言われた。絶対褒められてない。活火山の火口にだって直通ちょくつーさせてあげられるんだからな、メガネを。『お前を』って脅せないところが、ショセン私という平和的なリーベリの限界である。ところで私、全部教えてもらうのはいいんだけど鳥頭だから忘れないか不安だ。後から「教えてもらってない」とか言い出さないよね? さすがにノーシスさんの裏切り(偽)とか忘れられないと思うけど。もうちょっとササイなこととか。もうやらかしてたりしてない?
「今のところそういった行き違いはないな」
「不安になる回答だ……」
 今後について自分が信用できない。「私は不安に思っていないが」とシルバーアッシュの尻尾が私の腕を撫でた。よそでやってくれって顔をノーシスさんにされた。だから私は恋人接待しなくていいよって言ってるってば。

 あれ以来ノーシスさんとは軽くバカにされて私がムキになる、そこそこ健全にケンアクな関係が続いている。まあ「恋人の親友」に対する態度としては距離感キョリカンを間違えていないはずだ。シルバーアッシュは私に対してめちゃくちゃ紳士的で優しくて接待じみた態度を崩さないけど、別にノーシスさんが彼に『倣う』ギリはない。私は設定上せっていじょー悪い女だけど、さすがにシルバーアッシュの周辺の人と泥沼関係みたいに誤解されるのはフツーに嫌だ。それにこれからノーシスさんがシルバーアッシュとの『不仲』のお芝居を始めるなら、私たちは次第に距離を取っていった方がいいのだ。まあノーシスさん、そもそも人間カンケーに興味なさそうだけど。私をバカにしているというより、思ったことを素直に口にして私が怒ることを『歯牙にもかけてない』って感じ。あの人は私じゃなくて、私のアーツにだけ興味があるのだ。
 カランド貿易の一室で映画をBGMに字の練習をしながら、そんなことをつらつら考えていた。マルチタスク? たぶん違う。私は文字の書き方よりも先にメールの打ち方を覚えたから、肉筆ニクヒツでの筆記が壊滅的なのだ。『マールート』なら何とか書けてたけど、今はもう使わない名前だし。という綴りも実はよく間違える、ハールートが私の代わりににくきゅーサインをしている理由だ。イェラグってけっこーアナログなとこあるし、そうじゃなくても恋人が字も書けないというのはシルバーアッシュにもーしわけない(『外聞が悪い』って言うんだっけ?)。だからこうして机に腰を落ち着けていられる時間は、映画も見るけど字の練習もする、そんな過ごし方をしていた。お屋敷の執事さん、チェスターさん(シルバーアッシュの叔父さん? 伯父さん? とにかく親戚だった気がする)がシルバーアッシュ兄妹の小さい頃の練習帳を貸してくれて、たいへんキョーシュクした。シルバーアッシュは本当にこれ子どものときの? って疑うくらい字が綺麗で、エンヤ様(お会いしたことはない)のは少しクセがあるけどやっぱり綺麗。エンシアちゃん(と呼ぶように本人にお願いされた)は元気爆発! って感じの字だけど今の私よりよっぽど綺麗で、チスジってものを感じた瞬間だった。
「――ああ、君か」
 君か、なんて言うけどここの部屋が最近私の待機室になっているのはカランド貿易の誰もが知るところである。ノックもしないのはノーシスさんくらいだ。社長の恋人が仕事場に出入りしてるって(一応私の籍はあるけど、ふつーの社員の人は私が何をしているのか知らない。最近は歌の仕事を系列会社で始めたから、名目メーモクはあるけど)それこそ外聞が悪いんじゃないかなって思ったけど、カランド貿易では『仕事関係の訳ありの女性を恋人という名目で保護している』という噂がマコトシヤカに囁かれている。流した人はお察し。全然違うのに微妙に合ってる気がしてくる、頭のいい人って他人に嫌われない言い訳を考えるのが得意なんだなって思った。私の流している映画をチラリと見たノーシスさんは、頭がいいのに何故か人に嫌われる位置に立つことを躊躇わない変人。私が広げていたノートを勝手に片付けて、持ってきたらしいボードやコマを代わりに広げる。
「それなぁに? ボドゲ?」
「チェスだ。経験は?」
「今初めて目にしたとこ」
 そうか、とノーシスさんは頷いて、ルールとコマの役割を説明してくれた。ステゴマって言葉は知っていてもその言葉が何から来ているのかは知らなかった私に、淡々とわかりやすくチェスという遊びを解説してくれる。たまにシルバーアッシュが誰かと遊んでるの、チェスだったんだ。なぜか私がノーシスさんと『対局』する前提で話が進んでいるけど、ノーシスさんは私がチェスのコマひとつ知らないことを馬鹿にしないで一から教えてくれるから、私なんかと遊んでも面白くないよって当たり前の事実は口に出さなかった。わかっていて持ってきたんだろーし、なんか深い考えがあるんだろう。
「君のそういうところは本質的には私と近いのかもしれないな」
「おそれおーいけど、何が?」
「『なぜ自分ではなくシルバーアッシュと対局しないのか』などと尋ねないところだ」
「これ、心理テスト始まってるの?」
「似たようなものだ」
 時間を無駄にしないノーシスさんがわざわざボードゲームを持ってきて、私の心理テスト。研究の一環ってやつかな。相手の思考パターンを探るには時に会話をするよりわかりやすいとか何とか。頭の良い人のチェスってすごいね。
「君に対するシルバーアッシュの態度は実に曖昧だ」
「せめてコマを並べてから心理テスト始めよーよ」
「君のアーツを秘匿しながら、君という存在を広めて回る。実に非効率だとは思わないか」
「うーん、アーツを大っぴらに使えなくする状況にわざわざしていく必要はあるのかなーって、思ったことはあるけど」
「『けど』?」
「シルバーアッシュの考えることだから」
「君は両極端だな。シルバーアッシュを信用していて、それでいて興味がない」
 私が四苦八苦しながら自分のコマを並べている間も、ノーシスさんは既に自分の思考に入っていた。一応私に話しかけて私に質問してるけど、私の言葉に答えを求めてるわけではないんだろう。でも、私がシルバーアッシュに興味がない? それは意外で、私は首を傾げた。
「私、シルバーアッシュのこと興味ないかな?」
「微塵もないように見えるが」
「恋人カッコカリなのに?」
「私から見ればまるでシルバーアッシュの懸想だ。その情動に意味があるかどうかはともかく」
 ケソーって、片想いのことだっけ? 質問するとノーシスさんは黙って頷いた。シルバーアッシュもそうだけど、ノーシスさんも私の質問にイヤミを言うことがない。そんなことも知らないのかって。言いそうなのに。メガネに対するヘンケンだった。
「私であれば君を部下にする場合、表舞台には一生出さないだろう」
「それって、アンサツとか?」
「ああ、暗部に埋めることになる」
 チェゲッタの皆さんみたいな感じかな。素顔を隠して、同じ制服を着て、誰が誰かわかんない感じ。白昼堂々とはシルバーアッシュの隣にいられなくて、影に隠れるみたいにして暗躍アンヤク。かっこよさそうだけど、私に向いてないな。たまに被るなら楽しいけど、ずっと同じ制服着て誰かわかんない仮装してるって、息が詰まりそうだし。
「向いていない、か」
 ある程度『定石ジョーセキ』というものを教えてくれながら、私にコマを進めさせる。本当は『詰める』まで勝ちじゃないらしいけど、今日はどっちかがキングを取ったら勝ちにしてくれるって。助かる。何が詰みなのか、わかんないし。
「私はシルバーアッシュが君を選んだと思っていたが、どうにも君が『選ぶ側』の力関係だ」
 どこかで似たような言葉を聞いたことがある。先輩の方のハールートだ。
「『交渉は、お願いしている方が弱い』?」
「概ねは。シルバーアッシュは君を獲得したことをまるで幸運のように思っているようだ――あるいは、望外の運命と言ってもいい」
 幸運? 確かに、タイミングが違えば私とシルバーアッシュは出会いもしなかった。あの時たまたま先輩がいなくなって、たまたまそのタイミングでヴァイスさんからのメールを受け取って、たまたまそれが一番ピンと来たから行った。どれかひとつでも違えば、私とシルバーアッシュは永遠に他人だったと思う。けど、私はあのときシルバーアッシュに『面接』されてた。どんなにアーツが便利でも、私が要らないと思ったらそれまでだったと思う。向こうも選ぶ立場で、それって幸運って言うのかな? わからないけど、ノーシスさんの話は続いていく。
「しかし、その『幸運』を最大限に活用しない。本人曰く、ひとつの力に頼り過ぎることはリスクが高いそうだが」
 私のコマが取られた。私もひとつコマを取ってみたけど、これがどう盤面に影響しているのかケントーもつかなかった。ノーシスさんの言葉に補足するなら、私のアーツは便利すぎる力ではあるけど万能な力じゃない。私はお願いを叶えてあげる流れ星じゃない。私のアーツでシルバーアッシュの問題を全ては解決してあげられないから、できることを任されているんだと思う。
「私はシルバーアッシュに、君に液体源石を注射することを提案した」
「……何て!?」
「君に液体源石を注射することを提案した」
 この人時々ぶっ飛んだように人でなしだよね。どうしてそんなこと考えちゃったのか、バカにもわかるように説明してほしい。
「君は源石を扱えない。源石製品もアーツユニットも、爆弾や武器の類も全て、だ」
 『実験』の話だ。私はアーツユニットを使わなくてもアーツが使えたから、アーツユニットを使えばもっとすごいことができるんじゃ? ということで試してみたんだけど、試せなかったのだ。ちょっとアーツの素質があれば使えるような武器も、ちょっと術力を流し込めばいいだけの爆弾も、何もかも。投げればいいだけ、とかスイッチを押すだけ、とかなら使えたんだけど、いわば源石オンチとも言えるほど源石が扱えなかった。私自身もびっくりした。今までよく生きてこられたね。良くも悪くもアーツ頼りだったからだ。
「しかし感染者になればあるいは? それとも君は源石そのものを体内に受け付けないのか? 源石を扱えるようになった君がもたらす『結果』はどれほど私の予想を超えるものだろうか?」
 この人ってちょっとマッドなくらい研究者なんだね。私のコマが次々取られていく。私はコマの見分けがまだつかなくて、「これ何っていうコマ?」とノーシスさんに聞きながらやってた。これはビショップだってさ。
「シルバーアッシュは断ったよね?」
「聞いていないのか? どうやら『何も話さない』の範疇だったようだな」
「断ったよね!?」
 ノーシスさんは無感動に頷いた。安心した。頭の良い人って頼むから質問にストレートに答えてほしい。
「シルバーアッシュは君に嫌われたくないようだ」
「急に私にもわかる俗っぽい話に」
「彼は優柔不断と言ってもいい。それは昔からの弱点でもあるが……君のことに関しては、その傾向が強まる節がある」
「でも源石注射は誰だってダメって言うよ」
「…………」
「……えっと、うん、聞かないから。ごめんね」
 『何にも教えない』話が絶対まだいくつかある沈黙だった。私は察しの悪くない方のリーベリだ。ちなみにキングはとっくに取られてる。二局目がなぜか始まってた。
「何言いたいのかわからないけど、でもさ、シルバーアッシュって『三割』にオッケー出したんだよね?」
「ああ」
「考えたのはノーシスさんだけど、三割は根に持っとくけど、良いよって言ったのはシルバーアッシュでしょ。あなたシルバーアッシュのこと、私に弱い良い人みたいに言うけど……そうでもなくない?」
 シルバーアッシュの身代わりじみたことだってしているのだ。彼の行くはずだった場所に行ったり、誤情報を流した先に姿を見せたりして、ドカン。私じゃなかったら死んでない? って思うようなこともたまにある。契約だから文句はないけど、普通にそれなりに使い倒してもらっている。
「君の『それ』は防衛本能なのだろうな」
 私の質問には答えないまま、コマで綺麗に私のポーンを弾き飛ばした。今のかっこいいから、もう一回やってほしい。君がルールを覚えるまでに百回でも見られるだろうって言われた。
「君は契約に忠実だ。そして契約によって思考停止している。契約に対して驚くべきほどの献身を見せるが、契約相手の内情に踏み込もうとしない」
 う、うん? なんか当たり前のことを改めて指摘されているような気もしたし、全然心当たりのないことを言われたような気がした。
「つまり?」
「特に意味はない。君への考察に君のスタンスは影響しない」
「ひどいや……」
 ただ意味深にお説教されたのかとドキドキしただけだった。それよりも、とノーシスさんは私を指す。
「君は本当にリーベリなのか?」
「見ての通りだと思うけど……髪に羽根、混ざってるし」
「羽根? リーベリからすれば、君のそれは花弁に見える」
 ノーシスさんって面白いこと言うんだなぁって私は笑った。頭ん中お花畑はたまに言われるけど、頭から花生えてんぞとはさすがに言われたことがない。ノーシスさん以外のリーベリにも会ったことあるけど私は同族扱いだったし、さすがにそれは考えすぎじゃないかな。でも例外的なアーツとか源石オンチとか、変な属性ゾクセーのついている女だ。何かしら違う生き物なんじゃないかなって疑う気持ちはわかる。
「その、髪? 羽根? 少し切ろうか? 解析? していいよ」
「既に断られている」
 私がいいって言ってもダメだって。誰が? シルバーアッシュが。
「何でダメって言われたの?」
「羽根が再生するのか不明だ」
 そういえばシルバーアッシュってそういう『先のわかんないこと』に慎重だった。前髪勝手に切っても担当さんに怒られるもんね。羽根の生えてるところとなると、バランスけっこー変わるからめっちゃ怒られそう。

「私、シルバーアッシュのこともう少し大事にするね」
 今日は『する』日だった。めちゃくちゃ忙しいわりに、けっこーそれなりに頻繁に恋人ごっこの夜がある。忙しいのに疲れるんじゃないかなって気持ちと、運動して寝る方がすっきりする日もあるのかなって気持ちと。でもシルバーアッシュ、毎回すごくていちょーにしてくれるから向こうの負担が大きいと思うんだよね。もっと好きなようにして大丈夫だよって恐る恐るテイアンしたら、「心配以外の感情でその言葉が出てくるようになったら考える」って言われた。どういう意味だろ。おっきな背中にくるくると文字を書いていても怒られない。こういうことしながら大事にするって言っても『説得力』に欠けるっていうのはわかる。
「喜ばしい決意だが……どうした?」
「源石注射のお礼」
 ああ、とシルバーアッシュが少し眉を寄せた。本当に私に聞かせるつもりもなかったらしい。私がノーシスさんに勝手に聞いちゃったから誰も悪くないってことにしておいてほしい。ノーシスさんは私と契約してないわけだし。
「なんか、あなたが私に片想いしてるのかってくらい大事にしてるわりに私はあなたに興味ないよねって言われた」
 要約ヨーヤクするとそんな感じだった。そういう話だったよね?
「でも私、あなたのことどうしたら大事にできるかな? もう少し頭が良かったらいいんだけど」
「お前が私を必要としてくれた理由は『頭が良い人』だからだろう?」
 お前がバカだから新しい上司を必要としたんじゃなかったのか、をこんなにマイルドに言えるのってすごいと思う。やっぱり知性。結局私はシルバーアッシュに言われたことをがんばるしかない、そういうことかな?
「それが案外そうとも限らない」
「クイズみたいだね」
「実際片想いだからな」
「うーん、謎解き……」
 シルバーアッシュが私に片想いしている内訳を聞きたい。トーゼン恋愛感情じゃないから、それ以外の何かだ。範囲が広すぎる。契約とセージツに対しては精一杯向き合ってるつもりだけど、何か粗相ソソウでもしてしまってるんだろうか。でも責められてる感じじゃないし。ノーシスさんも、シルバーアッシュが可哀想っていうよりは淡々と事実を言う感じだった。あの人は元の性格もあるだろうけど(感情に興味がない)。
「もう少し、イェラグのミライに関心を持つ、とか?」
「少し近いな」
「私企画力ないよ」
「今ので遠のいたようだ」
 どうすればケーザイが活性化カッセーカするのかとか、そういうの全然わからないしね。でも頭脳労働で貢献コーケンしろってわけじゃないって言われたばかりだ。難しい。翼はいいけどヒントをください。
「お前はどんなイェラグで生きていきたいのか、私は興味がある」
 アンケート調査かな、って思ったけど口には出さなかった。というか、キスされてそれどころではなかった。今日はもう一回するらしい。キスから解放されて抱き締められて傷の多い肌が目に入ったから、治るわけじゃないけど何となく頬擦りした。
「…………」
「あ、あれ、ダメだった?」
「いや……」
 なんか目付きが鋭くなった気がする。怖い、んだけどなー……? 「こういうことで構わない」って言われたのが「どうやったら大事にできる?」の答えだってわからないまま、私はけっこー大変な思いをした。わりと本当に、大変な思いをした。


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