「お姉ちゃん!」
トゥリクムの駅で、元気いっぱいのエンシアちゃんに抱き付かれる。ロドスで治療を受けている彼女と会ったのは片手で数えるほどだったけれど、エンシアちゃんは初対面の時からずっと私に好意を示してくれていた。突然兄が恋人を実家に連れて来たらいい気持ちはしないだろうに(ドラマの見過ぎかな?)、本当に「お姉ちゃん」と呼びたい相手はカランド山にいるだろうに、それをオクビにも出さず接してくれる良い人だ。とはいえヴァイスさん曰く、優しい子ではあっても「大人の
対応」を貫けるタイプではないらしいから実際好かれてはいるみたい。兄の恋人(しかもたぶん年下)って気を遣うかもしれないけど、エンシアちゃんがとてもフレンドリーに接してくれているので私も気楽に接していられる。それが余計にザイアク感を生んだ。でも知らないフリ、知らないフリ。私の役目はひとまずロドス
御一行の「お出迎え」なのだ。
「お兄ちゃんとはうまくいってる? お姉ちゃんみたいな可愛い人捕まえたくせに、仕事ばっかりで退屈させてない? 困ったことがあったら、いつでも私に言ってくれていーんだから!」
実はお兄さん専用車(車じゃないけど!)なので忙しいはずのお兄さんにめちゃくちゃ会ってます。言えないけど。エンシアちゃんの後ろでは、こちらも久々に会うマッターホルンさんが苦笑していた。マッターホルンさんってそういえば、私がワケアリの「恋人」でお屋敷にいるって思ってる側の人だっけ。だからあんなに食育に燃えてくれたのかな。ザイアク感の種が一つ増えた。ヴァイスさんから私を『咎める』みたいな笑顔は飛んでこないから、ちゃんと「兄の恋人によるお出迎え」はできてるらしい。私、あんまり考えてることと表情が
直結しないタイプみたいだった。
「ドクター、紹介するね。エンシオディスお兄ちゃんの未来のお嫁さん! お姉ちゃん、手紙にも書いたけどロドスのドクター、あたしの上司!」
私はいろんな意味で吹き出しそうになった。ひとつ、エンシアちゃんは「はエンシオディスと結婚の予定はない、ただの恋人である」という説明を受けているはずだ。でもまあそこは人の心って変わりやすいから、そう説明されても内心大慌てで外面微笑ましくはできる。ふたつめの方が重要だった。私たちは初めましてではない、言えないけど。来るとは聞いてたけど、心の準備が。あのときの覆面の人が目の前にいた。
「初めまして」
気付いていない、のか気付いてるのに知らないフリをしてくれてるのか。正直フルフェイスメットと変声機でさすがにわからないとは思うんだけど、今回の『仕事』が始まる前に「ドクターなら気付いても不思議はない」って言われてたから。知ってても知らないふりしてね、私はそんな気持ちをニッコリ笑顔に込めて手を差し出した。
「初めまして、ロドスのドクター様。エンシオディスから大事なお客様だってウカガッテます」
「ドクターで構わない、よろしく」
私の手を握り返してくれたドクターは、しばらくそのまま何も言わずにじっと私を見る(覆面でわからないけど、そんな気がした)。え、なに、知らないふりしてねって言ったよね!? 言ってないけど。エンシアちゃんたちが訝しむ直前くらいのタイミングで、ドクターは「あっ」と声を上げた。私の心臓は勢いよくジャンプした。
「ヴィグナが言ってた歌手の人か。サインください」
「あ、はい……ハールート、」
私は鞄で寝ていた雲獣を起こしながら、ガクッと脱力感に襲われていた。もしわかっててやってるんだとしたら私、この人のこと苦手かもしれない。今絶対遊ばれた気がする。そんな気がする。私の第六感はスルドイよ。というか「そっち」を知ってたんだね、ドクター音楽とか聞くんだ?
「そうだよドクター、お姉ちゃんはすごい歌姫なんだから!」
「エンシオディスが見つけてくれただけだから、その、私がどうこうっていうよりものすごい幸運っていうか」
そういうことにしてるっていうか。あと企業努力っていうか作詞作曲チームと販促チームの皆さんの
手腕っていうか。
「クルビアで出会ったんでしょ、歌ってるお姉ちゃんをお兄ちゃんが見つけて一目惚れ! それでスカウトしたんだよ!」
そういうことになってるらしい。ヴァイスさんは私から顔を背けていた。確かに今は笑ってても言い訳のきく
状況だけど、ちょっと許せない。さすがのドクターも、私がフルフェイスメットの不審者だって知ってたとしても運命の出会いどうこうのシンジツは知らないよね!? 知らないはずだ、そういうことにしておこう。じゃないと私がイタタマレなさすぎる。誰か助けて。私とシルバーアッシュの「大恋愛」をドクターに語り聞かせるエンシアちゃんの横で苦笑したりニコニコしたり
羞恥で死にそうになったりした私を、後でヴァイスさんは「意外と名女優でしたよ」と褒めてくれた。コーヒーを奢ってくれたので許した。私はどんなにイタタマレなくても、舞台の上でくるくる踊っていなきゃいけない。
そう、私はどんなに気まずくっても舞台からは降りられないのだ。ドクターをただひとり、グロさん――ペイルロッシュ家に差し出すような真似をして。私は「知らない」ことになっているのでエンシアちゃんを宥めつつも一緒に狼狽える役だった。私たちを迎えに来たブレヒャーさんがどう思ってるかは全然読めなかったけど、グロさんはちょっと私を憐れむような顔をした。「恋人のくせに何にも知らされてないんだな」「お前もそのうちこうやって嵌められるぞ」、そう顔に書いてあった。私は今回いろんな人の同情をぼったくることになるんだけど、グロさんはあまりに率直な人だとたった一度の出会いでも知っていたからこれがいちばんグサッと来た。別にユーエツ感とかじゃなくて、私だって多くを知らされてるつもりで踊らされてるだけかもしれないけど、脚本の存在も知らない真剣な人の心からの憐れみをもてあそんでるみたいな――グロさんがいつか「私」のことを知って
軽蔑したとしてもそれは気にならないから、ただザイアク感の問題なんだろう。どこまでも自分が可愛い女だった。悪い女っていうより、コソクとかヒキョーって感じだ。
「お姉ちゃんだって怖い思いをしたんだよ!? お兄ちゃんに任された大事なお客様だからって、グロ将軍の前に出てくれて……それなのに……」
そのエンシオディスのキョカが下りてるって一刀両断されたよね。事前に『台本』はもらってるけど、当然現実は映画じゃないから細かいセリフや動きなんて決められてない。あまりあっさり引き下がっても変だけど、どのくらい粘ればいいのかな、とりあえずヴァイスさんに止められるまではやっておこう、そんなふうに食い下がってたら向こうの配下の人がちょっとイラつき始めたから(エンシアちゃんは正真正銘シルバーアッシュ家のお嬢様だけど、私は『シルバーアッシュ』ですらない。ガイコクジンの恋人ふぜいの私に
指図されるいわれはないのだ、あちらにしてみれば)わりと本気で震えた。私、今回はシルバーアッシュの命令でほんとのほんとに非武装なんだよ。アーツという最終手段もシルバーアッシュの命令以外では絶対に使わない。そういうお仕事だから。シルバーアッシュからの
業務命令なら私は守る、たとえそれでボコられることになったとしてもだ。実際戦闘になればヴァイスさんが、護衛である自分より先に私が殴られるのを絶対に許してはくれないだろうけど。ヴァイスさんってそういう人だ。そして殴られるのがどっちだとしても、私は『何もできない』。私が私兵としての仕事を求められてるのは今回たったひとつきり、それ以外の私は専業恋人だ。
「怖かったのか?」
「……そんなことないよ」
シルバーアッシュの視線が私に向いて、私は思わず視線を逸らした。声なんかちょっと震えていて、絶対
虚勢に聞こえたと思う。シルバーアッシュ以外には。まあこの場合、それでいいみたいなんだけど。エンシアちゃんが私の手を握ってくれる。あの、先に言っておくけど(言わないけど)ほんとうにごめんね。
「……そうか」
シルバーアッシュはちょっと失望したみたいに、それ以上に心配しているみたいに息を吐いてちょっと目を閉じた。
「やはりお前はまだ『家妖精』にすぎないようだ」
「……私はそんなのじゃなくて、」
「大典の出席は見送るべきだろう」
「お兄ちゃん!」
エンシアちゃんの悲痛な声にザイアク感が増すけれど、それ以上にシルバーアッシュの優しさと失望がそういうセリフだってわかってるのに痛かった。最初からそういう流れになるって知らされていてもお仕事を取り上げられるのってつらい。私ってワーカーホリックだったのかな。
「今回の大典は主権奉還のために規模が大きくなる、私の隣にいれば注目も……批判も浴びることになる。ましてやお前は外国人だ」
「……でも、」
「ペイルロッシュ家のような人間は決して少数派ではない、この意味がお前にはわかるだろう? 私を安心させてくれ、」
私の手を握るエンシアちゃんの手にぎゅっと力が籠った。彼女は私のためにフンガイしてくれている。まだ『シルバーアッシュ』でもないただの外国人の恋人は大人しくお屋敷でお祈りをしていなさいってことだ。今日ドクターたちのお出迎えをしに行ったのだって三家会議に出られる立場じゃないからなのに、せっかく任せてもらったお仕事にさえ怖さを感じたのなら大典なんて公式の場で「エンシオディスの隣」にはいられないって。まるで大人の手伝いをしたがる子ども扱いだ。ちっちゃい子をあやすみたいに、可愛いだけの恋人に「お前は『シルバーアッシュ』じゃないから家で大人しくしていなさい」って言い渡すのは(当主として当然だとしても)まあ、めちゃくちゃ失礼に映るだろう。少なくともセージンの恋人に対する対等な扱いじゃない。シルバーアッシュは良く言えば私を庇護してくれていて、悪く言えば私の意思を軽視している。そういうふうにエンシアちゃんに――この場にいる人間に、そしてそれを伝え聞いた人間には映る。
「……シルバーアッシュがそう言うなら」
私はめちゃくちゃ「納得してないけど立場的にシルバーアッシュには逆らえない」って感じでしょんぼりと肩を落として、エンシアちゃんの手を握り返してから手を離す。キュッと抗議するように鳴いた肩のハールート、助演賞がもらえると思う。「彼女についていてくれ」と言われて歩み寄ってきたブレヒャーさんが慰めるように私の背中を軽く叩いた。ブレヒャーさんもこういう小芝居に乗るんだね。ただただエンシアちゃんに申し訳なかった。
部屋までの道中、お屋敷の人たちには心配された。「旦那様もお嬢様を思ってのことですから」とか「せめてご不便はおかけいたしませんので」とか気遣ってくれる人もいれば、「旦那様は『家妖精』を閉じ込めておきたいんですよ」と冗談混じりの人もいた。一体誰がどこまで知っているんだろう、考えるのはやめた。ブレヒャーさんに付き添われて部屋に戻って、ハッと気付く。
「もしかしてこれが『
軟禁』ってやつかな!?」
「もしかしなくても軟禁よ」
地味に初めてのイベントだ。今まで面倒ごとに巻き込まれて閉じ込められても私、
速攻で帰れたし。私を閉じ込めておけるのってシルバーアッシュくらいだ。まあ実際のところ、ただの
待機命令なんだけど。護衛(という名の監視)(という名の同じく待機)であるブレヒャーさんが私のために椅子を引いてくれた。
騎士道にときめいた。私は二人分の缶コーヒーを箱から出して『格式』高そーなテーブルに並べる。ひどいミスマッチだ。でもさっきの今でしれっとした顔してお茶もらいに行くの、『面の皮が厚い』と思うし。可愛い恋人としては
減点対象だ。護衛的に席に着くのを渋ったブレヒャーさんだったけど、実質的な待機命令であるってこともあって最終的には座ってくれた。私は押しの強いリーベリかもしれない。ブレヒャーさんはずっと私についてるわけじゃないけど、今だけでも「軟禁された恋人の話し相手」になってほしい。そういう展開、何かの
映画であったと思う。
「別のシナリオが始まりそうな肩書きね」
逃避行が始まりそうだ。話し相手になってるうちに『情がわいて』、カーテンとか使って私を抱えて窓から飛び降りたりするんだよね。ブレヒャーさんなら軽々とできそう。
「なんならカーテンを使わなくてもできるけど」
「かっこいい……!」
黒騎士様を前にバカみたいな想像をさせてもらってる。すごいゼータクだ。きゃっきゃとはしゃぐ私をじっと見て、ブレヒャーさんは肩をすくめた。
「あなたもエンシオディスに懐いたものね」
「懐いてるかな?」
けっこー前に、ノーシスさんには「シルバーアッシュに興味がない」って言われたけど。キョーミと好意って違うものだっけ? 私は首を傾げた。
「少なくともエンシオディスがそう判断したから、あなたの腕にはこれが嵌められてないわ」
ブレヒャーさんはポケットからゴツい輪っかを取り出した。
「それ何ですか?」
「アーツ抑制機」
「こわ……」
見せないでほしかった。でもブレヒャーさんには私とシルバーアッシュの契約はカンケーないのだ。
「他に誰が持ってるか聞きたい?」
「他にあることすら知りたくなかった……」
シルバーアッシュって怖い
男だよ。
「私が『軟禁された恋人の話し相手』ならこう言うわね。『その男はやめとけ』って」
「恋人を軟禁する人って、その時点でちょっと」
お別れ案件だと思う。私がミケンにシワを寄せると、ブレヒャーさんの唇が弧を描いた。
「あら、じゃあエンシオディスは家から追い出されるのね」
「どうして?」
「シルキーって、気に食わない家主を家から追い出す妖精よ」
「恩知らずだ……」
私に家を追い出されるシルバーアッシュ、考えただけで怖い。その後の私のテンマツが。
「でもあなたはエンシオディスを追い出さないでしょう?」
ブレヒャーさんはコーヒーの缶を置いた。すべすべした手触りの木のテーブルが、ことんと楽器みたいに鳴った。
「エンシオディスがそうしろと言ったら、この腕輪も大人しく嵌めてくれるんでしょう」
「何なら今嵌めてもいいよ」
私ってけっこー反射でアーツを使うタイプだ。でもブレヒャーさんは首を横に振った。
「そもそも『これ』のことは存在も伝えるなって言われてるわ」
「なんで言っちゃったの……」
考えてみれば、シルバーアッシュが私に知らせないと決めたことで他人に口止めしないわけがなかった。いつぞやのノーシスさんにしろブレヒャーさんにしろ、シルバーアッシュの言うことを無視できるメンタルがすごい。「あなたも似たようなものよ」って言われた。そんな
勇気ないよと思ったけど、私が黙ってればいいかなと思っちゃったからそんなことあるかもしれない。なんかもう
本末転倒になってない?
「あなたはエンシオディスに懐いたわ」
ブレヒャーさんのそれは
忠告めいていた。腕輪の存在(しかも、複数)を私に教えてくれたのも、その
一環かもしれなかった。
「でも私、ブレヒャーさんもいるから『それ』つけてもダイジョーブって思えるんだよ」
ブレヒャーさんは『黒騎士』で、私なんか毎回稽古でこてんぱんにされるくらい強くて、シルバーアッシュのボディーガードで、私のことも守ってくれる。だから私は、シルバーアッシュに全部預けてもノンキにこうして笑っていられる。
「――そういうところかしらね」
ブレヒャーさんがちょっと笑った。何のことかは、ほんとに全然わからなかった。
「えっと……その、大変だね」
私にはそんな気の利かないことしか言えなかった。対外的には軟禁されてることになってる私だけど、実際軟禁だけど、まあぶっちゃけ暖かいお部屋でぬくぬくと座っているだけだ。さすがに映画は見ない。これでも土地に馴染む努力はする方のリーベリなので、一日二回のお祈りは欠かさずしている。軟禁生活が思ったより暇だったからっていうのはさすがにバチ当たりだから内緒だ。部屋に訪ねてきたシルバーアッシュからノーシスさんによる鉄道の爆破の件を聞いて、そんなことまでやるんだ!? と私は震え上がった。
「ノーシスさんってテッテー的なんだね……」
シルバーアッシュにとっても予想以上の出来事だったらしい。やっぱりノーシスさんの代役なんて見つからないよ、私はそう心の中でいつぞやのノーシスさんに反論した。
「……疲れてる?」
三家会議でめっちゃイジメられてたってブレヒャーさんから聞いた。イジメられるシルバーアッシュなんて、想像もつかないけど。私にできることがあったら言ってほしい。秘密の線路が爆破されちゃって困るだろうし、密輸とか得意分野だよ。あなたが得意分野にしたよ。ちなみにシルバーアッシュの取り引きの一割は私が担っているらしい。たぶん、ほんとうにヤバいとこの『一割』。ここにいないノーシスさんの顔が頭をよぎった、だいたい『三割』のせいだと思う。
「今はそこまで追い詰められてもいない」
シルバーアッシュは緩やかに首を横に振った。今は私も「恋人」に専業中だもんね。そういえば、と気になったことをシルバーアッシュに聞いてみた。
「ノーシスさんって、私のことどれくらい『知ってる』ことになってるの?」
「『
私と何らかの取引をして、恋人という名目で保護されている』といったところだろうな」
ラタトス様、私が「ただの恋人です」って言っても信じそうにないもんね。前会ったときもあんまり信じてなさそうだったし。アークトス様たちなら「恋人と騙されてる馬鹿」だと思ってくれそうなところがあるけれど(悪口じゃないよ)。私のアーツのことをノーシスさんが漏らすわけもないから、何かしらシルバーアッシュに強気に出れる情報とかを握ってる、っていう立ち位置にしておくだろうっていう推測だった。カランド貿易での噂ともソゴがないし。シルバーアッシュの弱みって何だろう。枕を変えたら寝られないとかだったら可愛いけど、ただでさえゆっくり寝ていられない人なのにそんな弱みがあったらかわいそーだ。そうじゃないことをお祈りしておこう。
「……今日は早寝しなくていいの?」
シルバーアッシュは今回の大典で、古い風習に
則ってトゥリクムからカランドまで歩いて参拝するらしい。手を合わせて下を向いて、飲まず食わずでまる二日歩き通し、ほんとうに大変だ。私は「おうちで大人しくお祈り」するからシルバーアッシュの参拝にはついていけない。明日はまたぬくぬくと一日を過ごすのだ。そんな私に構ってくれるより、今日くらいゆっくり寝た方がいいと思うんだけど。シルバーアッシュは少し笑って言った。
「お前が以前言っていたことは概ね正しい」
「うん?」
「『人間関係は言葉と態度に出ているものが全て』だと」
「あっ、うん、そう言ったね」
私が目を逸らしたのは、自分で言ったことを忘れてたからじゃなくて。ブレヒャーさんとのやり取りを思い出して、本当に私はシルバーアッシュに黙っていられるのかなってちょっとドキドキしたからだった。
「私の『言葉と態度』は、今回多くのイェラグ人に判断されるだろう。おそらくは、私の想定している通りに」
なんかすごいこと言ってる気がする。こんなこと言って自惚れじゃないシルバーアッシュってすごい人だよ、頭の悪い感想しか出なかった。
「お前がどう私を『判断』するのか、楽しみにしている」
「シルバーアッシュならそれも
想定してるんじゃないの?」
「想定だけなら。だが、お前はいつも最後までどちらに転ぶのかわからない」
五分五分の賭けでもしているんだろうか。シルバーアッシュは私に何を賭けているんだろう。聞いてみたい気もしたけど、それじゃあ賭けにならないなって思い直してやめた。代わりに、部屋を出て行くシルバーアッシュを呼び止めて、手のひらを借りてキスをする。いつもそう思うけど、おっきい手のひらだった。
「明日はお見送りできないから」
そういうことになってる。お見送りしたらやっぱりついて行きたくなってしまうから、シルバーアッシュを困らせてしまうかもしれないから、玄関ホールまでは出て行かずに部屋の窓から見送るって。実際はその時点で既に襲撃も視野に入っているから、らしい。シルバーアッシュの周りの『非戦闘員』は少ない方がいい、そういうことだ。
「……『家妖精』の加護、ありがたく受け取ろう」
「イェラグの神様に怒られない?」
「可愛らしい祝福に目くじらを立てるような主ではないはずだ」
寛大な神様だ。ありがとうございますって明日のお祈りのときにちゃんと言っとこう。私はイェラガンドの神様を心の底から崇めているわけじゃないけど(ショセン外国人だなって自分でも思う)、イェラガンドに「何か」があることはわかるし、郷に入っては郷に従えっていうし、人の大事にしてるものはナイガシロにしたくないなとは思う。シルバーアッシュの信仰心はよくわからない。少なくとも、神様に頼っていてもイェラグは守れないって思ってる、くらいにしか。結局人は言葉と態度を見る。工業化を進めたシルバーアッシュは信仰心がないって批判して、誰よりも
敬虔な態度を示して大典にノゾむシルバーアッシュを信心深い人って褒め称えるんだろう。私がシルバーアッシュをどう『判断』するっていうのか、全然ケントーもつかない。シルバーアッシュが隣にいない夜なんて初めてでも珍しくもないのに、何だか少し心細い気がした。
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