「私が? シルバーアッシュに?」
逆ならわかるけど、と首を傾げた私にコロセラムとアレーンは呆れたように肩を竦めた。え、そんなふうに反応されると私がおかしい気がしてくる。コイビトへの不満がひとつもないなんて、別におかしいことじゃなくない? 他の人が相手ならまだしも、シルバーアッシュだし。
「その全幅の信頼は何なんです?」
「だって、シルバーアッシュだよ」
「その単語出せば全部解決できると思うの、やめなよ」
「だって『シルバーアッシュ』ってなんかもう、
概念じゃん」
「言わんとするところはわからなくもねーですがね……」
「これで契約関係だっていうの、何かの冗談?」
コロセラムは肩を竦めるし、アレーンは呆れてくるくるとコーヒーをかき回す暇潰しに戻ってしまう。ただのノロケに聞こえたかな。でもアレーンもコロセラムも「本当の恋人じゃない」って知ってるのにわざわざこんな話題振ってきたわけだし、私は悪くないよね? 同意を求めると、コロセラムは私の口に一口サイズのチーズケーキを押し込んだ。あ、これおいしい。
「一緒にいられる時間が少ねーとか」
「
公にしてるスケジュールだとそうだけど、実際かなり一緒にいるよ?」
「向こうの頭が良すぎて話が合わないとか?」
「頭が良すぎてこっちに合わせてくれるよ」
「飯の好みが合わねーとか」
「うーん、しいて言うなら私はバター茶よりコーヒーが好きだけど、シルバーアッシュと一緒に飲むならお茶も好きだし……?」
ダメだこりゃ。そんなふうにコロセラムとアレーンは顔を見合わせる。そんなにダメ? 恋人への不満が何もないって、悪いことじゃないと思うんだけど。むしろ良いことじゃない? 今度はアレーンがフルーツケーキを放り込んできた。これもおいしい。でも質問を振っといてお菓子で黙らせようとするの、男の子ってよくわからない。
「物申してーこととか、ねーんですか?」
「急にそんなこと言われても……」
シルバーアッシュは理想的な雇い主すぎて、こちらが不満を言うまでもなく改善に動いてくれるのだ。そして私はシルバーアッシュに雇われている身だから、契約の範囲内なら危ないこととか怖いこととか、そういうのは文句は無い。そういうお仕事だし。そして恋人業務もやっぱり契約内のことだから、文句なんて一つも……
「あっ」
思い出したことがあって、私は思わず立ち上がる。カフェの中だってことを思い出して、すぐに座り直したけど。
「こないだ寝顔撮られたの、ゆるしてない」
「寝顔?」
「見て。これ。SNS」
私の公式アカウントで、私の寝顔を勝手にアップしたのだ。別にシた後とかじゃなくて楽屋での居眠りのところだから、やましー雰囲気じゃないんだけど。でも、『匂わせ』がどうとかこうとか厳しいサッコンで一歩間違えたら
炎上じゃない? 担当さんとかSNS担当の人も許可出してたっていうから、そういうリスク込みでのなんかの戦略だったのかもしれないけど!
「このアカウント、私は動かしてないから消せないし。一度出回っちゃった
画像はどーしよーもないし」
「にSNS運営を任せないのは賢い会社だね」
「私もそう思うけど、そこじゃないでしょ!?」
「よく撮れてんじゃねーですか」
「ちょっとコロセラム、保存しないで!」
この男子どもは! 乙女の寝顔を全世界に公開された恨み、はらさでおくべきか。その想いはちっともわかってもらえないらしい。
「いつも自撮りあげてるじゃねーですか」
「これ他撮りじゃん」
「でもメイクも崩れてないし、映える角度とか意識して撮ってるよね」
「そうだけど! っていうかそういうのわかるアレーンはなんなの」
「別に、このくらい普通でしょ」
私の周りの人はみんな『普通』の基本スペックが高すぎじゃないかな。それにしてもあれだけ不満はないのかって聞いといて、いざ不満を口にするとこの言われよう。別に共感してほしいほどシルバーアッシュに恨みがあるとかじゃないけど、理不尽なものを感じる。
「結局ノロケじゃねーですか」
「犬も食わないよね」
「ひどい。傷付いた。シルバーアッシュに泣きついてやるんだから」
「子どもの喧嘩に禁止カード持ち出すのやめなよ」
確かに、シルバーアッシュという最強すぎる手段を持ち出すのはかなりずるい。私もタダじゃなすまなそうだし。諦めてテーブルに突っ伏すと、「行儀悪いよ」とアレーンから容赦のない一言が飛んでくる。もしもしシルバーアッシュ? と電話をかけるふりをした私の口に、笑いながらコロセラムがガトーショコラを突っ込んだのだった。
240919