「帰りたくないな」
 私がぽつりと口にした言葉を耳聡く拾って、隣のマンフレッドは眉を顰めた。
「笑えない冗談だ」
「せめて笑ってくれる?」
 どうせ帰りたくないってお願いは聞いてくれないんでしょ。私が肩を竦めると、ここにいない『お父様』が窘めているかのように首元の金具がカチャリと音を立てた。不快フカイだ。あの人につけられた首輪はほんの少し締めすぎた位置に合わせられていて、いつも私に息苦しさを与え続けた。まるで、自分のいないところでも首を掴まれていることを忘れさせないみたいに。
「毎日軍事委員会の仕事で呼び出してくれたらいいのに」
「君の勤務態度は真面目とは言い難い」
「これでも命令メーレーには忠実だと思うんだけど」
「君は大君から逃れたいだけだろう? 有能であることと信用できることは別の問題だ」
「私が信用できないって言ってる?」
「少なくとも、こうして仕事を任せるくらいには信用を見せているだろう」
 仕事相手としての信用はあっても、同じ憎しみを抱くサルカズとしての信用はないってことだ。それはまあ、当然のことかもしれない。だって私はそもそもサルカズじゃない。えっと、『お父様』曰く「広義のサルカズ」にはあたるらしいけれど。少なくとも神民だの先民だのよりも前に、このテラ――当時の「世界カズデル」に存在していた種族のうちのひとつ。ただ、あまりに閉鎖的だった上にさっさとこの世界を見限って消えてしまったから同胞サルカズと定義していいのかわからない種族、それが妖精私たちなんだそうだ。その種族柄なのか単に私の性格の問題なのか、私はサルカズを迫害した国や種族への憎しみというものがまるでなかった。
「だって、家族っていう実感は湧かないもの」
 私が視線を落とすと、マンフレッドは咎めるように私を見た。
「君の境遇には同情するが……殿下から賜ったその名を貶めるような真似だけはしないことだ」
「戦場に出る娘にドレスなんか着せようとするのは、どう考えても『お父様』が悪いでしょ」
「……重ねて言うが、君の境遇には同情している。
 私の言い分に一定の正しさを認めずにはいられなかったのか、マンフレッドが目を逸らした。だいたい『お父様』は悪趣味なのだ。この首輪だってそう。テレシス殿下からもらったもの――妖精公爵アヴァロンダッチェスなんて大層な名前を貶めている人がいるとしたら、それはあの『お父様ヘンタイ』に他ならない。私を誘拐して勝手に養女にして、養育って言いながらただ閉じ込めて気まぐれに『可愛がって』いただけで、見かねた殿下が私を軍事委員会に入れてくれなかったら私は一生『お父様』専用の輸血パックでしかなかったと思う。
 もっとも軍事委員会に席をもらうという名分のためにマンフレッドの元で受けた訓練は、『お父様』に軟禁されて過ごすよりはマシとしか言いようがなかったけれど。仮にもブラッドブルードの大君の娘に対して、マンフレッドは本当に容赦がなかった。それまで私の周りにいた人たちに比べれば、あまりに「普通」なその接し方がどんなに貴重だったかは今になってよくわかるけど。当時はただ見た目がいいだけの何も知らない子どもだった私に、マンフレッドは礼儀やら教養やら剣術やらを文字通り叩き込んだ。怒鳴られることはなかったけど、シンプルに肉体言語だった。殿下の前で粗相でもしようものならその場で腹パンをされる。教育を任せている手前、殿下もそれを止めない。私が文句のひとつも言わずに黙ってマンフレッドの教育を受けていたのは、それでも『お父様』の元に返されるよりマシだと思ったからだ。あの暗い部屋で可愛い可愛いと撫でられながら血を啜られる、そんな人形のままでいるよりは何回腹パンされてもひとりの人間として扱われる方がずっといい。あんな、脳みそに蓋をされたまま生きてるんだか死んでるんだかわからないモノのままでいるより、ずっとずっとマシだった。
「あなたにも、もちろん殿下にも、いっぱい感謝してるけど……」
 やがて教育を終えた私に、テレシス殿下は軍事委員会の一席と、それから妖精郷の公爵という地位をくれた。本来は王庭に名を連ねていてもおかしくない種族で、けど王庭が今の形になった時にはもうこの世界に背を向けていた一族。どういうわけか今の時代になってたった一人この世界に現れた、最後の妖精。そういう面倒な立ち位置の私に「大君の養女」以外の拠り所を与えてくれるために、治めるべき民もいないのに叙爵してくれた。ブラッドブルードの大君である『お父様』に言わせれば、妖精わたしは「今更認められるまでもない、古の貴き血」であるらしいけれど。テレシス殿下もテレジア殿下も王庭や古い一族とは何ら関わりのないサルカズだというから、血筋だけで言えばもしかしたら『お父様』の言うことも正しいのかもしれない。それに、やっぱりたった一人なのに公爵だなんてお笑い草だ。でも、今更妖精なんて大層な血筋を引っ提げて現れてしまったただの小娘に、傅くわけにもいかなければ粗略に扱うわけにもいかない。ほんと、頭痛の種を持ち込んでごめんねって思った。主語は『お父様が』だけど。テレシス殿下ってああ見えてけっこう苦労性だ。『お父様』の手前あくまで私の教育きょーいくは殿下の名前で行われていて、だから完全にマンフレッドに任せきりというわけでもなくて試験のようなものは殿下が直々に見てくれた。試験って言ってもあからさまにテストとかがあるわけじゃなくて、呼び出されて話をしたり、おそれおーくも手合わせみたいなことをしたり、突然任務をもらったり、そういうのだけど。
 今の私はいわば『旧家の新参者』で、こうしてマンフレッドにタメ口を聞くことが許されるくらいには地位がある。でもそれってなんか複雑だ。結局偉いのは私じゃなくて、『お父様』が溺愛する妖精の血にすぎない。まあ、「敬語がぎこちなくて聞くに耐えないからいつもの口調で構わない」なんて酷いんだか優しいんだかわからない許可をくれたマンフレッドのおかげで、そういうのはあまり考えずに済んでいるんだけど。『お父様』と呼ばされている相手より、マンフレッドの方が家族みたい。マンフレッドがお兄ちゃんで、殿下が親戚の大伯父さんとかだろうか。血筋の立場的には逆なんだけど。
「庇護を受けたいのなら、それなりの方法は教えたはずだが」
 でもまあ、お兄ちゃんは妹にこんなこと言わない。マンフレッドがじっと私を見下ろしていた。『将軍』と『公爵』のどっちがえらいのかなんて、私は未だによくわかってないけど。少なくとも今この瞬間、決定権けってーけんは向こうにあった。私は所詮『お父様』所有の愛玩動物あいがんどーぶつで、寝床を変えたいのなら他の人にしっぽを振るしかないのだ。
「……マンフレッド」
 くい、と裾を引っ張ると、案外あっさりと身をかがめてくれる。試すような目が私を捉えていて、私はその耳元にちゅっとキスをした。
「私わるい子だけど、あなたのベッドに入れてくれる?」
「――仕方がないな」
 マンフレッドが私の腰に手を回した。『お父様』に強制的に着させられた、仕立てのいい服に皺が寄る。このままぐしゃぐしゃになっちゃえばいい。私の『反抗期』なんてせいぜいあのヘンタイを面白がらせることしかできないのだ。絶滅危惧種に求められてることは何か、なんて遠回しなようでどストレートなことを聞いてきたのはテレシス殿下だ。だからあの人は『お父様』が私にしていることを容認してるし、けどこうして他の人のベッドに逃げることも『お父様』に認めさせている。要は子どもができればいいのだ。妖精の力を十全に発揮できるわけでもない私が軍事委員会預かりになっている理由なんて、結局はそれだった。妖精って同族が相手でも子どもができにくいらしい。私の寿命は長いらしいけれど、同族でもない相手と子どもを作れる可能性はそれでも低いから『そういうこと』に関して私に拒否権なんてなかった。ひどいことかもしれないけど、『お父様』がいる限りここから逃げられない私にとっての最大限の逃げ場を用意してくれている。時には殿下自身が逃げ場になってくれることもある。私のことなんてどうとでもできる怪物ばっかりの中で誰に対してしっぽを振るか選ばせてもらえるのって、それだけで十分な優しさだ。まあ私、しっぽなんて生えてないんだけど。
「あなたの好みってもっとこう、お淑やかなタイプだっけ?」
 物陰に引っ張り込まれてキスをしながら、私はふと気になって聞いてみた。相手の好みに合わせるのって大事だ。マンフレッドって真面目だし、貞淑てーしゅくでお淑やかなタイプが好きそう。こんな場所でこんなことしながら聞いてる時点で、その好みからはかけ離れていそうだけど。殿下に教えてもらったように舌を滑り込ませるのももう慣れたもので、けどその舌に歯を立てられて私は死ぬほどビビった。噛み切られるかと思ったじゃん。抗議のために視線を上げようとすると、その前に後頭部を少しだけ乱暴に掴まれてマンフレッドと目が合う。動けなくなった私をどこか満足げに見下ろして、噛みちぎられるかと思った舌はぬるりと絡め取られて嬲られる。主導権を渡したくないタイプだったの、りょーかい。
 黙って目を閉じると、後頭部を掴む指に力がこもった。手入れしてる髪は我ながら指通りがよくてさらさらしてるから、触ってて気持ちいいと思う。でもそんなふうに掴んだら髪型が崩れちゃうかな。まあ、後でマンフレッドが梳かしてくれると思う。普段のキビシー態度や最中の激しさとは打って変わって、この人って事後に優しいタイプだ。最初に寝たのは訓練の一環みたいな感じだったっけ。結局私には間諜の適性はないってことになったから、ハニトラなんてしたことないけど。成長期が終わらないうちからあのヘンタイに好き勝手されてきたとはいえ、自分のされてることが何なのかも教えてもらうことなく育ったから最初の時はいろいろ酷かった。処女でもないくせに情緒もへったくれもなくビビりまくってぎゃーぎゃー騒いで、よく萎えなかったと思う。腹パンしてゲロの世話もしてきて、手のかかる妹みたいにしか見えない色気もない子どもに、仕事みたいなものとはいえほんとよく最後までしてくれたなって感心する。マンフレッドってすごいよ。
 『お父様』のせいで感じることはできてもそれが怖くておぞましくて仕方なかった私の感覚を、マンフレッドやテレシス様は丁寧に矯正していった。これが本来どういう行為で、伴う快感が何なのか全部始めから教え直してくれた。もっともそのせいで『お父様』が喜ぶことになったから手放しでは感謝できないけど。でも、わけのわからない感覚に怯えて泣きわめく私を一晩中宥めて抱いてくれたマンフレッドに、ぐずっていた私を抱き締めて朝まであやしてくれたテレシス様に、甘えという感情が生まれてしまったのは仕方ない。それが「幼い妖精ひとり篭絡するのはとても簡単なこと」だとしても構わないのだ。ここにいる理由のない私を、どこかおかしい男女関係で言いくるめて飼い殺しているんだとしてもそれでいい。私はどんなにヘンタイと罵っても『お父様』からは逃げられないし、マッチポンプだとしても時折『お父様』から私を離してくれる手に優しさを感じずにはいられない。そうして生きることしかできないなら、嘘や欺瞞だとしてもその中にきれいなものを、優しいぬくもりを見出していたい。私は自分が馬鹿だってことを知ってる。妖精だ公爵だといっても、『お父様』から逃げる力も無いただの子どもだってことも知ってる。実感はわかなくてもサルカズが家族だというなら、家族の中で生きていくしかないのだ。
「……後で部屋に来るように」
 名残惜しさの欠片もなく、マンフレッドは私を離した。手櫛で軽く私の髪を整えて、あっさりと踵を返す。先に出て行ったマンフレッドを追うようなことはせず、濡れた唇を撫でた。殿下や将軍にカラダで取り入って、悪い女みたいだな。認めたくないけどそこには『お父様』も入るわけだし。でも、誰も彼も私のことなんてどうとでもできるのに敢えてそういう形にしていてくれるっていうか、乗ってくれてるだけっていうか。結局私はその気紛れに縋るしかない立場なのだ。悪い女なんていうほど、大層なものじゃない。
 城壁からヴィクトリアの街を見下ろすと、色んなものが目に映った。私はヴィクトリアの街を憎むべき、らしい。『お父様』の言うことだから、そうする気は全然ないけど。ただ、『お父様』の元での暮らしが物的には満たされていても最悪だったのとは別に、この街に思うところはある。幼かった私が這いつくばって日々の糧を探していたのはこの街なのだ。私にひもじい思いをさせたのも、卑しい思いをさせたのも、ヴィクトリア。少なくとも『お父様』はそう私に思わせようとしている。妖精が元々は今のヴィクトリアにあたる地域の支配者だったなんて言って、私にアスランもドラコも見下させようとする。殿下が公爵なんて地位を私に与えたのも、正統性せーとーせーの主張のイッカンかもしれなかった。
「……この街は寒いよね」
 傭兵の見回りルートを窺っている親子がいた。完全に街が閉ざされる前に、ロンディニウムを出て行きたいのだろう。大した荷物も持っていなくて、仮に都市を出られたとして生き延びられるか微妙なところだ。それでも、私は軽く指を振って親子を外に『飛ばした』。彼らにはきっと何が起こったのかもわからないだろう。あのルートを見回っている傭兵は外から呼んだ人たちみたいにぬるくないから、あのまま息を潜めていても気付かれて引きずり出されていた。これはほんの気まぐれだ。殿下もマンフレッドも知っていてお目こぼししてくれる程度の、ほんの気まぐれ。まだ利用できる貴族とか、外に情報を伝える気の諜報員とか、そういうのにはやらないから見なかったことにしてもらえるだけだ。殿下は何も言わないし、マンフレッドは「不真面目だ」って言うし、『お父様』は「一時の気休めがより残酷な結末を彩るのですよ」って笑う。『お父様』は徹底的だから、私がこういうことをしているのを見つけると逃がした人を捕まえてきて目の前で『祝福』してしまうんだけど。私のせいで余計苦しんで酷い死に方をしたって、そう思わせるのが大好きだから『お父様』も結局私の気まぐれを咎めない。むしろもっと私がそういう馬鹿な真似をすることを望んでいるのだ。だから私にできるのは、『お父様』にだけはバレないように必死にコソコソするくらいだ。
 それなのに最近は自救軍なんていう人たちがどうにか私に接触しようとする。私のことを実はいい人だなんて勘違いして、一緒にヴィクトリアの人を守ってくれなんて言う。マンフレッドなら彼らを拘束するだろうし、『お父様』ならその誘いを利用して彼らの拠点を血の海にするだろう。けど私は卑怯だから、ひたすら自救軍から逃げた。私に話なんてできないように、徹底的に接触ルートを絶った。勘違いなんてされたら困る。私はただ、殺さなくていい人までちょっとした不運で死ぬのが見ていられないだけだ。生きていても死んでいてもいい命だから、死ぬなら見えないところに行ってほしいだけ。自救軍の人は殺さなきゃいけない。私を引き入れようなんてしてきたら、マンフレッドや殿下の求める最適解を考えてそうしなきゃいけない。そんなのまっぴらだ。私は難しいことも考えたくないし、より効果的でより効率のいい人殺しなんてなおさら考えたくない。見なかったことにしてあげるから、私に考えさせないで。誰かから匿名で届けられたハンカチを、私はこの見晴らしのいい城壁で取り出して燃やした。お誘いのメッセージなんてもう出さないで。私はあなたたちの味方じゃないから期待なんかしないで。見ていてくれることを願うように、灰になって落ちていくそれの行先を目で追った。
「……ヘドリー?」
 振り向いたら、片目しかないのに目力の強い傭兵さんがいて私は首を傾げた。マンフレッドのお気に入り、みたいに認識しているけどそれを口に出したら何とも複雑な顔をされたことを覚えている。まあ、私だって『お父様』の娘って言われるの嫌だし、そういうことだよね。それにしても基本的に殿下かマンフレッドの指示で動く(もしくは『お父様』に連れ回されるだけの)私は正規の指揮系統に属していなくて、見た目にもサルカズらしくないどころかリーベリそのものだから傭兵の人たちにはそんなに良く思われてないはずなんだけど、何か用でもあるのかな。ヘドリーとはあまり話したこともなくて、何を考えてるのかよくわからない。ただ、マンフレッドがわざわざ私に紹介する場所を作ったくらいだから少なくとも顔を覚えておけってくらいには重要視されてるのはわかる。傭兵だとは聞くけど私なんかよりずっと頭が良さそうで、サルカズの行き先とかをちゃんと考えていそうな人だった。
「……突き放すのなら半端にしない方がいい」
「え?」
「いつか自分自身の首を絞める」
 忠告みたいなことを言って、ヘドリーはさっさと背を向けてしまう。引き留めたかったけど、何だか引き留められなかった。ヘドリーはどこまで見て、どこまで知っていて、こんなことを言うんだろう。こっそり市民を逃がしたのを見ていたんだろうか、灰になったハンカチがどこから来たのか知っているんだろうか。でも、少なくとも『見逃してくれた』っていうことはわかった。『お父様』曰く、勘の良さは元々妖精という種族の特徴らしい。『お父様』の知っている昔の妖精なら、人の心を読んだり予言じみたことまでできるらしかった。
「……親切な人なのかな」
 何を考えてるかわからない人だし、ここに来た経緯けーい経緯けーいだから完全には信用されてなくて、マンフレッドに気に入られてるんだか監視されてるんだかわからない相手だ。私に引き合わされたのだって、この『勘』で本心を探れっていう言葉にしない命令でもあった。マンフレッドたちが期待してるほどシイ的に使える能力じゃないから、意図せずしてその命令に従ってないことになるけど。何はともあれ、ヘドリーがマンフレッドにも『お父様』にも今のことを言いつける気がないのは確かなようだった。
「中途半端……」
 ヘドリーに言われたからじゃないけど、自分の立ち位置とかそういうことを思うとため息が出る。落ちる心配もなければ落ちても怪我をしないのをいいことに、城壁のギリギリに背中を預けて冷たい風に身を任せた。私はサルカズの未来の一部だと、テレシス殿下は言っていた。怒り、憎しみ、そういったもので自滅を早めているのが事実でも、あの人は根本的にサルカズという種族のことを考えているのだ。考えて考え続けて、滅びに向かう中でも私に新しい命を望むように『続き』をも願っている。いい人でもないけど、悪い人でもない。少なくとも、この世界に虐げられるサルカズにとっては。私が半端であることを許してくれているのだって、憎悪を知らないサルカズが選ぶ道を興味深く観察しているような気がした。もっとも、昔のテレジア殿下みたいに私が『行き過ぎた』真似をすれば、魔王でもなんでもないただの私は首も持ち帰ってもらえないだろう。それ以前に『お父様』が、そんな真似もさせてくれないまま私を『躾直す』だろうけど。ヘンタイだとか罵って反抗期だとか言われていても、結局私は本当の意味で『お父様』に反抗なんてできない。あの赤目に見下ろされたときの本能的な、根源的な恐怖は私をいつまで経っても解放してくれない。認めたくなんてないけど、私はあの人の養女しょゆーぶつだ。どこかに逃げようとか、本気で逆らおうとか、そういうことを考えることもできないくらい。血管の中にあの人の血を入れられているからいつでも殺される可能性があるとか、そういう以前の問題だった。心のどこかで、諦めきっている私がいる。意地を張り続けることに何の意味があるんだろうって、そう思う自分もいる。それでも私はまだ、この街のどこかに何かを探している。自由とかいうありふれた夢が、このそら寒い街に転がってるんじゃないかと期待してる。私が本当に妖精なら、こんなところから出て行けたらいいのに。そう思う私はやっぱり、サルカズとしてはよほどの半端者に違いなかった。


231101
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