※大学生設定
ふと、部屋にあった写真立てを手にとった。
懐かしい北一のクラスの面々。そこに初恋の人の姿を見つけて頬が緩む。
ああ、あの時の私は本当に子供だったな、そう思って指先でそっと岩泉の姿をなぞった。
「何してんの、ちゃん」
後ろから、そんな声と共に徹が覆いかぶさってくる。
「起きたの、徹」
「うん、ねえ、それ北一の写真だよね、懐かしい」
言いながら、写真に写っている私の輪郭を徹の指先がなぞる。もう片方の腕は私の首元へと回された。薄いTシャツ越しに、上半身裸の徹の体温が伝わってきて、なんとなく胸の奥がきゅっと締め付けられた気がした。
「もう俺達大学生だもんねー、中学生の頃のちゃんも可愛い」
「……ありがと」
「そこは徹もかっこいいよって言うところでしょー?」
「徹もかっこいいよ」
「うわ棒読み!」
そんなふうにわざとらしく嘆いてみせた徹は、ふと首元に回した腕にぎゅっと力を込めると私の手から写真を取り上げる。
「……ねえ、ちゃん、後悔してる?」
「ううん。徹こそ、後悔してるんじゃないの」
「するわけないよ。理由がどうあれちゃんのハジメテもらえたんだよ」
写真立てを元の場所に倒す徹の、声は低い。
「好きな人の幼馴染に処女あげるのって、どんな感じ?」
「別にどうもしなかったな。思ったよりも痛くなかったし、おかしくなるくらい気持ちいいわけでもなかったし、処女なくしても世界が変わるわけじゃないし」
「ひっどいなあ、ちゃん。岩ちゃんに罪悪感とかないの?」
「どうして岩泉に罪悪感抱くの? 付き合ってるわけでもないのに」
「……俺、ちゃんのそういうとこ好きだよ」
「ありがと」
脳裏に、昨日見かけた岩泉の姿が思い浮かぶ。彼女と手をつないで、中学からずっと岩泉の近くにいた私が見たこともないような緩んだ笑顔を浮かべて歩いていた。
どこにでも転がっている、ありふれた失恋だ。何年も抱えていた初恋だって、終わる時は一瞬だ。びっくりするほどあっけない。
彼女が出来たと照れながらぶっきらぼうに報告してきた岩泉に私が言えることなんて、おめでとうの一言だけで。そんな私に好きだなんてのたまったのは徹だった。
「ばかだよね、俺。好きにならなくていいから俺と付き合ってなんて。今のちゃんになら付け込めると思った。きっといつかそれだけじゃ足りなくなるのに、ちゃんが俺の事好きになってくれるんじゃないかって期待してる」
どうやら徹は私に初恋を抱き続けてきたらしい。私はそんなこと知りもしなかった。徹が私のことを見続けてきたように、私は岩泉のことしか見ていなかったから。
それでも、幸せそうな岩泉を見て、私は何が欲しかったのかわからなくなってしまった。いったい何が欲しいのかもわからないまま、私に与えてくれると言った徹に求めた。
「……わたし、徹のこと好きになりたいな」
そうしたらきっと、私は幸せになれるんだろう。欲しかったものがわからずとも、幸せになれるんだろう。
「俺も、そうなったらいいなって思ってる」
背後から私を抱きしめたまま、私の左手をとって薬指に口付ける徹。
徹が今どんな顔をしているのか、私にはわからない。
150613