※女装男装してる
「お願い、英! なんでもするから!」
パンッと手を合わせて、は頭を下げる。
何でもする、という言葉の意味を、彼女はもう少し深く考えたほうが良かったのだろう。けれど、口にしてしまった以上それはもうどうにもならない。
「……なんでも?」
「なんでも!」
ぎゅっと目を固く瞑って英の言葉を待つには、英が口の端を吊り上げて笑ったことなど判るはずもなく。
「いいよ」
「ほんとに? ありがとう英!」
礼を言いたいのはこっちだよ、とは言わずにおいた英にはの愚かさを改めさせる気はないらしい。
***
「あきらー、着替えたー?」
後ろを見て目を塞いで座っているは、そろそろ着替え終わったかと思い英へと声をかける。
「ああ、終わったけど」
「ほんと?」
その言葉と共にくるりと振り向くに、こいつほんとに馬鹿だなあと英は内心思う。
することはしているのに今更着替えを見るのを恥ずかしがってたくせに、英の言葉を信じてあっさり振り向いて、まだ着替え途中だったらとか考えないのだろうか。そういう恥じらいは持ち合わせているくせに、彼氏のベッドに躊躇いもなく座り込んで、そういうことを軽々しくするから英を煽る結果になるのだと、気付かないものだろうか。
(考えも、気付きもしないんだろうな)
間の抜けた表情で英の姿をぼうっと眺めるに、英はしみじみとそう思う。
「……英、すごいね」
「あんまり嬉しくないけど」
が英に求めたのは、自分の制服を英に着て欲しいということだった。
英の姿を見たらしいの友人が言った「あんたの彼氏、あんたよりよっぽど美人だね」という言葉がよほど堪えたらしいは、何を思ったのか英に女装をさせて女子力を競うだとかアホなことを言い出した。当然そんなことはお断りだと思った英はしかし、何でもするというの言葉に思いとどまった。
面倒くさがりな英がそんな提案を呑んだ時点で何かあるとは疑うべきだったのだが、あいにくは少々素直すぎるきらいがあり、端的に言えば疑うことをしないバカである。
そもそも友人だとかいう人間のやっかみ混じりの発言を真に受けてそんな考えに至る時点ので頭の回転の悪さを露呈しているのだが、けれど英はそんなのことが好きだった。
そして、ぼうっと英に見惚れているはおそらく本来の目的など忘れているのだろう。
「英、綺麗だねー。うん、確かに私よりよっぽど美人さんだ……」
「だから嬉しくないって」
不本意な賛辞に眉間に皺を寄せる英。青城生ではないの制服はセーラー服だか、圧倒的に丈が足りていない。短いセーラー服から覗く引き締まった腹筋や、スカートが引っかかっている腰骨と、そこから続く細い腰のライン。必然的に短くなるスカートからは健康的に筋肉のついた白い脚がスラリと伸びている。
「なんていうか、色気がすごい。男の子なのに」
「……も、俺の制服着てみる?」
「えっ」
「色気、出るかもよ。俺よりすごいの」
その言葉に英への対抗心をようやく思い出したのか、英が差し出した制服をあっさり受け取って後ろを向くに、今日何度目かのこいつ馬鹿だなという言葉が頭に浮かんだ。
「着替えてる間後ろ見ててね!」
「わかった」
そして英の言葉を簡単に信じその場で着替え始めたは本当に危機感が無いとも思う。他の男の前でもこうなら困ったものであるが、の空恐ろしいまでの危機感の無さは英の前でだけ遺憾なく発揮されるものだから、英はむしろそれに優越感を覚えていた。その信頼を毎度毎度裏切ってやっても、性懲りもなく同じことを繰り返すを可愛いと思っていた。
英が本当に後ろを向いているか確認もせずばさばさと着替えていく。上はTシャツの上からYシャツを着ていたが、下は七分丈だからそうもいかないだろうと思って眺めていれば、英が見ていないと思っているは躊躇いもなくそれを脱いでいく。白く細い指が腰と布の間に差し入れられ、布地をずり下ろしていく光景に英はごくりと唾を飲んだ。
英の制服のズボンを履いたは、ネクタイへと手を伸ばして首に巻こうとする。けれどネクタイを巻いたことなどなく、悪戦苦闘するは助けを求めて振り向いてぎょっとする。
「な、なんで後ろ向いてないの英!?」
「なんとなく。それよりネクタイ結べないんだろ、結んであげる」
「えっ、えっ、」
ずっと見られていたことに動揺するは、近付く英から距離をとろうと後ずさるが、余ったズボンとYシャツの裾にバランスを崩して後ろへと倒れ込む。その隙に英はベッドへと乗り上げ、に覆い被さって首元へと手を伸ばした。
中途半端に結ばれた不格好なネクタイを解き、手際よく結び直していく。
「……はい、できた」
とはいえ、Yシャツが大きいので、ネクタイを締めてやっても鎖骨がまる見えになるレベルで首周りが大きく開いているのだが。
だぼだぼの裾を引きずる脚と、開いた胸元を隠そうとする手を覆い隠しても余裕で余っている袖。男の制服の大きさを持て余した少女に覆い被さる、丈が足りていないセーラー服から腰や太腿を大きく露出させた少年。倒錯的な光景に混乱したは、弱々しく英の名前を呼ぶ。
「あきら……」
「はさ、」
英はの手を取り、露出した腹筋から脇腹を通って硬い胸へと滑らせていく。素肌の感触に顔を赤らめるの大きく開いた胸元から、もう片方の手を差し込んで、柔らかい膨らみを下着越しにふにゅ、と掴んだ。
「は美人じゃないけど、」
同じ体の部位でもこんなに差がある。それがと英の間の性差で、けれどそれがとても愛しい。
「俺にとっては誰よりも可愛いし、ありえないくらい俺のこと煽ってることに気付かないバカなが好きだ」
「あきら、」
「俺はみたいな女子には絶対なれないしなる気もない。もそのままでいてほしい」
「……うん」
珍しく饒舌な英に、自分を励ましてくれたのだと嬉しくなって笑う。
照れ笑いながら身を起こそうとするを、英は当然のように阻む。
「えっ」
「やめると思った? 」
「す、するの?」
「何でもするって言っただろ」
せっかくだしこのままするか、とにこやかに言う英に顔を青ざめさせる。
はほんとにバカだな、そう笑って英はにキスをした。
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