この女が何を考えているのか、猗窩座にはよくわからない。両脚の無い女を抱えて運びながら、猗窩座は顔を顰めた。どうせこの女――には猗窩座の表情など見えない。移送の際には目を潰されているからだ。とは言え仮に見えていたところで、それについて何を言うこともあるまい。諦観の沼に頭まで浸かっているような女だと、猗窩座はを評していた。
「じきに『次の屋敷』に着く」
「……ありがとうございます」
は、鬼としては異色だ。両脚は膝の辺りで切り落とされ、輸血用の血だけを飲んで生き長らえている。それで許されているのも、脚を失ったのも、そもそもが鬼にされたのも、全てはが『鬼を孕む』ことのできる特異体質を有しているせいだ。元々は、とある鬼が気まぐれに生かしていた女だった。の家を襲い、家族を皆殺しにして喰らい、たまたま見目を気に入ったを犯して連れ去り囲っていた。それだけなら、はいずれその鬼に飽きられ喰われていただろう。あるいはその方が、ましな終わりだったのかもしれないが。けれどは、その鬼の子を孕んだ。無惨に血を与えられることでしか増えないはずの鬼が、生殖という方法で増えたのだ。それを知った無惨は、を『回収』した。産まれた鬼の子が、紛れもなく鬼としての特質を有していることを調べた。無論、調査や実験に使われた鬼の子は一体や二体ではない。何人目かの『子ども』を産まされた後、は鬼にされ脚を奪われた。老いてしまっては機能が失われるという理由で鬼にされ、自由に動けては面倒だという理由で不具にされた。という娘の扱いは最早人でも鬼でもなく、無惨の所有する実験体だった。無惨の求める体質の鬼を産む可能性のために、は何度も孕まされている。当然そこにの意志などはなく、実験として様々な鬼との交合を強要されていた。猗窩座も無惨の命令で、一度だけを孕ませている。「強い鬼との間には強い鬼が産まれる」という結果が出てしまった以上、陽光を克服できる体質の鬼が産まれずともは上弦の鬼との交合を強いられ続けていた。猗窩座は一度きりで終いにすることを無惨に願い許されていたが、他の上弦の中にはを犯すことに積極的な者もいる。代わりとでも言うように、猗窩座はの居場所を定期的に移すときの護送役のようなものになっていた。女を喰わないという猗窩座の『我儘』も、の護送にはむしろ都合が良かったのだろう。
「…………」
陰気な女だ。自害すら無惨の呪いで封じられ、犯されて孕まされるだけの生。『これ』は人でも鬼でもなく『もの』なのだと自身に言い聞かせなければ、同情してしまいそうだった。
***
「気分はどうだ」
「…………」
「まただんまりか」
『産まれた』子を抱き上げてに声をかけた無惨は、大して気に障ったふうもなく肩を竦めた。表向き妻子をもって暮らしているだけあって、子を抱く仕草はまるで父のようなそれだった。無論、の子が『家族』として扱われたことなどない。無惨の子であれ、他の鬼の子であれ、自らが母を持つことも知らぬままただの鬼として生きる。それを哀れだと思うほどは壊れてもいなかったが、捨てきれない情があるのも事実だった。
「今回も駄目だな」
産まれたばかりの赤子の一部が、ジュッと焼けるような音を立てて塵になる。大して期待もしていないのだろう、神経質で短気な男のわりに無惨はに癇癪をぶつけたことはない。特異な体質を失いたくないだけだとはわかっていたが、いっそ怒らせて殺されてしまった方がましだと思っていた。
「妓夫太郎はお前を気に入っているらしい」
惨めな女だからだそうだ。どうでも良さそうに、無惨は言った。は妓夫太郎のことは好きではない。鬼は皆嫌いだ、自分も含めて。無惨の命令は「を孕ませること」「を殺さないこと」だけで、犯される過程でがどれだけ惨たらしく傷付けられようが誰も守ってくれはしない。ただでさえ嗜虐的な者が多く、心身共に嬲られては虫の息で子を産んで。這いずってでも日光に身を晒して死んでしまいたいと、一度それを実行に移して止められてしまった後は地下に繋がれるようになった。妊娠している間だけは苦しまなくて済むが、日に日に大きくなっていく腹と共に諦めと絶望が膨らんでいく。無惨の望むものはどうせ手に入るまいと、確信というよりも呪いじみた願いではそう思っていた。陽の光に耐えられる子どもなど産まれぬまま、長い夜の終わりを迎えてしまえばいい。の世界は真っ暗だった。夜を這いずり回るは、人よりも鬼よりも惨めな生き物なのだろう。
「たまには笑ってみたらどうだ」
肩に手をかけ、無惨は口の端を吊り上げる。何を言うのかと訝しむも、それが表情に表れることはない。もっとも、無惨はの思考を読み取れるのだからの疑問も呪詛も知っているだろう。知っていて、生かしている。馬鹿馬鹿しいとさえ思えた。
「抱かれる時くらい、愛想を振り撒いてみろ」
次は無惨の子を産まされるのかと、淡々とした諦めが滲んだ。触れるだけの口付けを繰り返しながら、無惨はの着物の合わせから肌に手を這わせる。やわやわと乳房を揉みしだき、ゆっくりと腰に腕を回して抱き寄せて。まるで睦み合うように、殊更に優しく愛撫する。をこうして抱くのは、無惨だけだ。淡々と作業のように終わらせる黒死牟や猗窩座とも、猟奇的な行為を強いる妓夫太郎や童磨たちとも異なって、本当の恋人同士のように体を重ねる。人間のふりをして生きている習性のようなものだろうと、は思っていた。人間も鬼も超越した生物になりたがっている男が、どこまでも人間臭い行為をなぞっている滑稽さ。緩急をつけて柔らかく胸を包む手の動きに、次第に先端がツンと硬くなっていく。そこに舌を這わせてちゅうっと吸い上げた無惨は、舌先でくりくりと突起を押し込むように舐め回す。無惨の髪がさらりと肌を擽って、微弱な刺激にはふるりと背を震わせた。柔らかな乳房に顔を埋めて舐りながら、無惨は下半身に手を滑らせる。じわりと愛液を滲ませる割れ目を指でなぞり、焦らすように膣口の周りを触れるか触れないかほどの強さで撫でていく。掠めるように陰核に一度だけ触れ、また割れ目を指先が往復する。その度にびくっと跳ねるを面白がるかのように、くぐもった笑い声を零していた。
「……っ、」
きゅっと陰核を摘まれ、頭の中が弾けるように真っ白になる。とぷりと生温い液体が、割れ目から溢れた。潤った襞を指が撫で、奥へと侵入していく。膣内で好き勝手に動く指が、弱いところを探り当てて容赦なく突き上げる。つぽつぽと音を立てて抜き差しを繰り返されるほどに、狭かったそこは拡がって。膝までしかない脚を掴んで開かせた無惨は、下半身を寛げると割れ目に熱を押し当てた。すぐには挿れず、濡れた陰唇の上で何度も陰茎を滑らせてくちゅくちゅと液体を纏わりつかせていく。そうして愛液に濡れた陰茎を、見せつけるように膣口にあてがって。ずぶりと、押し込まれたそれをの胎は難無く呑み込んでいった。ずぶずぶと、温かい襞が歓迎するように奥へと無惨のものを誘っていく。ゆっくりと奥まで陰茎を押し込んだ無惨は、結合部に手を伸ばし指先で陰核を優しく撫でた。繋がったところから溢れる液体を掬い、擦り付けるように陰核を指先で押し潰す。敏感な突起を刺激されてきゅうきゅうと締まる膣内に、「強請っているようだな」と目を細めた。羞恥を感じないわけではないが、はそれを努めて無視する。くりくりと撫で回され、柔らかく揉み潰され、じんじんと疼くような熱が腹に渦巻く。揺するように奥を擦られ、息が上がって掠れた吐息が漏れた。くに、と爪の先が陰核に食い込む。僅かな痛みを伴って広がった電流のような快感に、は再び背を震わせて達した。陰茎に絡みつくように収縮した膣内が、搾り取るようにぎゅうぎゅうと締まる。それに抗わず吐き出してしまえば良いものを、無惨はふうっと長い息を吐いて射精の欲求をやり過ごした。の腰を掴んで、粘着質なまでにゆっくりとした律動を始める。にゅち、と水音を立てながら、達して敏感になった粘膜を擦り上げていく。反り返しで抉るように腰を引かせては、先端を子宮口に押し当ててとんとんと揺すぶって。無惨の一部である触腕がどこからともなく現れて、の腹に巻き付く。緩く締め付けられて、胎の中で脈打つ熱が余計にはっきりと感じられた。触腕でを支えた無惨は、太腿を鷲掴みにすると急に激しい抽挿でを責め立てる。動けないまま子宮口をぬちぬちと突き上げられて、段々と視界が明滅していった。気を遣ってしまった方が楽だと知っているは、抗うことなく意識を投げ出す。どぷっと広がった精液の感覚は、知らずに済んだ。
「…………」
気絶したのか、と無惨はを抱え起こして手早く後始末を終わらせる。に一度、「脚を戻してやろうか」と気まぐれに問いかけたことがあった。それに対しては、是とも否とも答えずに。ただ、俯いていた。
「陰気な女だ」
こういう女を無惨は好まない。苛立ちや癇癪のままに、殺すことなど造作もない。取り込んでしまえば、その特異な体質も失われることはない。だが、生かしている。わざわざ脚を奪って、それなりの手間をかけて、維持している。無論得られるものがその手間に見合っていないわけではない。の子は強く無惨に忠実で、使い勝手の良い手駒だった。愛などくだらない感傷だ。そんなもののために、を生かしているわけではない。汗と涙に濡れた頬をハンカチで拭ってやった理由が何なのか、無惨自身も知ることはないのだろう。
190916