※「血よりも水よりも」の夢主(姉設定)
――油断だったのかもしれない。
仏頂面で自分を見下ろす弟に引き攣った笑顔を晒しながら、はいますぐ一分前の自分を引きずり戻したいと切望した。
***
「と、とりっく、おあ、とりーと……」
「もっと覇気のある声を出せ」
蚊の鳴くような声でおっかなびっくり籠を差し出すの背中を、上司であるワルファリンの声がどやしつける。魔女の帽子という実にささやかな仮装は、ワルファリンにハロウィンへと引きずり出されたの羞恥心と協調性の葛藤の末の妥協だったのだが。「なんだ、つまらんな」と彼女に空のバスケットを渡され、職員たちに悪戯か菓子を迫るように言いつけられた。幸か不幸かオペレーターたちはとっくに成人しているにも妙に優しい眼差しを向けて、ハロウィンのお菓子を与えてくれる。子どもたちからも「イタズラが物足りない」とブーイングを浴びるとはいえじゃれついてもらえるのは、嬉しいことだ。いつもは殺風景なロドスが仮装やお菓子で華やいで見えて、だからきっとは浮かれていたのだろう。曲がり角で出会い頭に、相手が誰かも確認せずに「トリックオアトリート」と持ちかけてしまうなど。
「…………」
じっとを見下ろす弟が何を考えているのか、全くわからない。年甲斐もなくはしゃいでいた姉の姿に呆れているのか、面白がっているのか。いっそドクターに向けるように嘲笑じみたそれで済まされた方がマシだとすら、思ったのだが。
「…………」
「えっ」
ずい、と弟が手を突き出す。が両手で抱えていた小さなバスケットに、ぽとりと飴が落ちて。思わず目の前の光景を疑ったに、エンカクは首を傾げた。
「いらないのか?」
「……あっ、……ううん、ありがとう」
「そうか」
さすがに失礼な反応だったと我に返ったに、エンカクはどこか満足げに頷く。そのまま歩き去っていく弟は実は誰かの仮装だったのではないかと、それこそ失礼なことを思ってしまったのだった。
201103