「私の夢は、異界にある有形無形の書物を全て読むことなんです」
「へえ」
それはまた無謀な夢を持ったものだと、チェインは無粋な感想を煽った酒と共に飲み下す。歩く図書館、生きた記憶装置、ライブラ内でそう呼称される少女の夢は、その特性から考えればまあ納得のいくものだった。
一度読んだものは絶対に忘れない。それがこの少女の呪いじみた特技だった。どんなにくだらない本も、自分に向けられた中傷も忘れられない。それはどれだけの苦痛をこの小さな体に強いてきたのだろう。チェインには一生理解することのできない苦しみである。
「私、チェインさんの伝記を書きます。それで、チェインさんの人生全てを、死んでも絶対に忘れません」
「の方が先に死んだらどうするの」
ただでさえ、戦闘能力は皆無なのことである。レオナルドの義眼と違い、彼女の能力は回避にすら使えない。けれどは、にっこり笑ってチェインの酒に氷を落とした。
「絶対にこの夢は叶います。私は絶対、チェインさんより先には死にませんから」
「……そう」
氷より重い何かが混ざった酒を、チェインは黙って飲み干した。
160528